44.リゼッタと留守番

1/1
前へ
/82ページ
次へ

44.リゼッタと留守番

鹿狩りは天気の良い日曜日の朝から昼に掛けて実施されることになった。 暗くなると森は危険であるという判断から、朝早くに集合した一行は国王の指揮の元で幾つかの車に分かれて山へと向かった。昨日の夜は図書室で借りた狩猟関係の本を読み耽っていたので、前知識は十分だと思うが、いかんせん銃を使用したことのない私は緊張している。 国王が所有しているという山間のコテージには、国王とその友人が数人、ノアと私、アリスと彼女が呼んだ友人、ウィリアムなど合わせて十数人が集まった。アリスの友人はロビンソン・スペーサーという伯爵の爵位を持った赤毛の男だった。 コテージでは贅沢にも一人一部屋が割り当てられ、私は木の香りがする部屋の中で動きやすい服装に着替えた。息を吸い込むとヒノキなのか松なのか分からないが、優しい匂いに心が和らいだ。病気の療養などにも良さそうな空間だ。 扉がノックされて返事をするとノアが顔を覗かせる。 「そろそろ行こうかと思うけれど大丈夫?」 「ばっちりです。たくさん居ると良いですね」 「あれ?」 「え?」 「リゼッタとアリスは狩には参加しないよね?」 「………え?」 呆然とする私の服装を見てノアは笑い出す。私は山の中でも走り回れるように、庭師よろしくダボついたズボンに白いシャツを着込んでいた。そういえばアリスは今日もふわふわした女の子らしいワンピースを着ていたっけ。 でも、てっきり鹿狩りに自分も参加できると思っていたので銃の使い方や鹿の捌き方まで予習して来たのだ。ノアに話すと大笑いしながら「解体は専門家を雇っている」と言われた。私の溜め込んだ知識は、どうやら出番が無さそう。 「君に猟銃なんか握らせられないよ。撃った瞬間に後ろへ吹っ飛びそうで怖いし」 「……そうですね」 「そんな顔をしないで、きっと良い鹿を連れて帰るから」 ノアは小さな子供の機嫌を直すように私の額に口付けた。 内心ドキドキしながら小さく頷く。アリスと二人という点が少し気掛かりだったが、女性が同行することが出来ないのであれば仕方がない。超ド級の初心者である私が一緒に行ったところで足手纏いになる可能性が大きいため、仕方がないのだけれど。 ノアは国王やその他の男たちと共にコテージを出て行った。ウィリアムも連れ立って歩いていたが、今日の彼は黒一色ではなく山の中で見つけやすいためか、皆と同じようにオレンジ色のベストを羽織っていた。窓からその姿を見送りながら階下に居るであろうアリスの元へ向かう。 「鹿肉でしょう?キャベツの酢漬けでもあったら良いんじゃないかしら。日持ちもするし簡単だわ」 袋の中から大きなキャベツを取り出して、千切りするようにアリスは私に指示を出した。 「悪いけど私は寝不足なの。昨日は読みたかった恋愛小説を夜中まで読んじゃって。それ切り終わったら適当に味付けしちゃってね」 それじゃあ、と言って部屋に戻って行く背中に手を振った。アストロープ家に居た時に家事の手伝いはしていたので、基本的なことは出来る。アリスと二人だと気を使ってしまうので逆に良かったかもしれないとホッと息を吐いた。 ゴロンとした赤子の頭ほどの大きなキャベツは二玉もあり、私は包丁を持って悪戦苦闘しながら何とか千切りを始めた。何か手を動かしている方が考え事をしなくて良いから楽だと思う。ただでさえ、私の頭の中にはいつもノアが居るから。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

494人が本棚に入れています
本棚に追加