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68.キングとナイト◆ノア視点
「なんで結局、居るんだかな」
「……ドライバーぐらいにはなるだろう」
ウィリアムは前を見ながら表情ひとつ変えずにハンドルを握っている。この無口でお節介な友人を巻き込むことが、彼にとってどれだけ危険なことかはよく分かっていた。
父であるオリオン国王との話を終えて、重い荷物を持って宮殿を出たら既に車は止まっていた。初めは無視して歩いて行こうとしたが、轢き殺されそうな勢いで追い掛けて来たので渋々止まったところ、運転席に座ったウィリアムに「乗れ」と言われたのだ。
「俺はお前に童貞のまま死んで欲しくないよ」
「じゃあ、精一杯守ってみせてくれ」
窓の外を見ながら思わず吹き出す。
「お前が女だったらちょっと惚れてるかもな」
「……ノア、」
「なんだよ?」
「昔よく三人でチェスの対戦をしたのを覚えているか?」
「ああ、ルネも俺もお前に勝てたことはない」
「リゼッタがクイーンだとするとキングはノア、そしてこの場合はナイトが俺だ」
「それは随分…面白い例えだね」
幼い頃、ルネとウィリアムと三人でボードを囲んで熱戦を繰り広げたことを思い出す。誰と誰が始めに対戦するかを先ずは決めて、観戦する者はヤジを飛ばしながら、夢中になって見守った。
まだルネと三人で遊んでいた頃の記憶だ。いつから自分たちは別の道を歩むことになったのだろう。どうして、同じ日に同じように生まれたのに、こんなに違う思いを抱いているのだろう。
「チェスにおいて、キングを詰められたら負けだ。間違えても相手のクイーンの前に首を差し出すようなことはするなよ」
「自殺手を指すのはルール違反なことぐらい知ってるさ」
「今のお前は放っておけない。相討ちだけは止めてくれ」
「……どうだろうね」
耳にタコができそうだ。しかし、古くからの友がここまで心配してくれるのも幸せなことなのだろう。
結局、準備が予想以上に長引いてしまったせいで、氷の渓谷への到着は予定より少し遅れることになった。そもそも場所さえ不確かな存在の氷の渓谷を、無計画に目指すのはリスクが高すぎる。自分が仕入れた情報がいったどれだけ役に立つのかは不明だが、備えがないよりはまだマシであることを願う。
アルカディアの宮殿はもう既に車から見えなくなり、人が多く住む住宅地、工場地帯などが消え去ると、青々と葉が茂った牧草地帯に差し掛かる。遠くの方に見える白黒のまだらな牛たちを見ていると、今から自分が赴く伝説のような場所のことが嘘に思えてくる。
リゼッタは本当にそこに居るのだろうか。ルネが彼女に何も危害を加えていないとも言い切れない。カルナボーンの王国からアルカディア王国に連れて来たことが、果たして正解なのかは未だに分からなかった。
だけれど、アストロープ子爵の話では、彼女に掛かった不安定な呪いはまだその効力を発揮している。氷の渓谷に魔女が実在するならば、何としてでもそれは解決したい問題。
「キングも楽な役目じゃないな」
あくびを噛み殺しながら呟くと、ウィリアムは微かに笑った。
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