74.ジゼルの想い

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74.ジゼルの想い

薄暗い部屋の中に魔女の高笑いが響く。 ウィリアムもノアも、意識があるのか分からないルネや私も皆推し黙っていた。ひとしきり笑った後で、ジゼルはその美しい唇に指を当てる。 「名探偵にでもなったつもり?」 「貴女のこと、父に聞きました」 「……そう」 「後悔していると言っていましたよ。誤解を解けなかったことについて」 「誤解ですって!?」 魔女はヒステリックに叫び、ノアに詰め寄った。 「父は出産後の貴女をカルナボーンの病院へ移す予定でした。アルカディアより発展の遅い隣国の方が、魔女の血を引く貴女が重宝されるだろうと」 「そんな後付けの説明を信じろと?」 「魔法や呪いは後進国ほどその力を信じる者は多い。アルカディアで肩身の狭い思いをしないようにと、父なりの配慮だと思いますが…」 「嘘よ……!!」 ジゼルは髪を振り乱して暴れ、両手で頭を抱える。 噛み締めた唇からは赤い血が流れていた。 その時、部屋の温度が先ほどよりも下がっていることに気が付いた。吐く息が白くなって指先がかじかむ。驚いて下がった脚に触れた壁は、氷のように冷たかった。 「貴女は本当に、追放されると聞いて父を恨んだんでしょうか?」 「………っ」 「それならばお得意の魔法で殺せば良かった。チャンスは幾らでもあった筈です。俺が思うには、」 「……黙りなさい」 「魔女は、国王を愛してしまった」 「黙って!!」 高い声が部屋の空気を震わせた。 低下する室温に耐え切れず、私は身を縮こまらせる。気のせいか窓の外の闇も濃くなったように見える。いつの間にか消えている窓の外のアンデッドの姿も私の不安を煽った。 早くこの場を抜け出さなければいけない、そう本能が知らせている。まだ続きそうなノアと魔女の会話を見守りつつ、ウィリアムの方へ顔を向ける。彼もまた異変に勘付いているようで、扉の方へと目を走らせた。 「マリソン王妃と国王の子供を自分が産むという現実に耐え切れなかった。だから産まれた子供が自分に似るように操作したのではないですか?」 「違うわ!そんなことない…!」 「決して結ばれることのない国王と自分を、子を産むことで叶えようとしたんだ」 顔を覆った手の隙間からジゼルの真っ赤な瞳がノアを睨み付ける。その顔はゾッとするほど憎しみに染まっていた。 「貴方に分かるものですか…貴方なんかに、」 「分かりたくもないですね、そんな絶望」 「……じゃあこれから知りなさい!」 立ち上がった魔女が私の方を振り返る。向かって来る魔女から逃げるために踏み出した足がスカートの裾を踏んだ。それは本当に一瞬の出来事で、振り上げられたナイフの切先をただ目で追うことしかできなかった。 「リゼッタ!」 飛び込んで来たのは見慣れた銀色の髪。まるでスローモーションのようにジゼルと私の間に入ったノアの手が、鋭い刃を握り締める。怯んだジゼルが後退すると、抜かれたナイフから赤い血が滴った。 再びジゼルがナイフを振り下ろすのと、発砲音が響いたのはほぼ同時のこと。驚いたように身体を見下ろす魔女の胸には銃口が突き付けられている。空いた左手でそろりと触れると、その手はべったりと血で濡れた。 「流石の貴女も、自分の最後は読めませんでしたか…?」 「……おかしいわね。これぐらい直ぐに塞がる筈なんだけど…どうやら相当に力が弱まっているみたい」 「貴女が死んだら掛けた術式は解けますよね?」 「見ての通りよ、」 虚ろな顔で上を見上げる魔女の視線を追うと、天井からはパラパラと粉塵が落ちて来ていた。どこか遠くで建物が崩れるような大きな音がする。 「おい間抜け、いつまで寝たふりしてんだ」 ノアが頭を叩くと先程まで伸びていたルネは頭を摩りながら立ち上がった。 「このまま寝かしといてくれれば良いものを」 「お前まだ魔女の力が使えるんだろう?俺たちを渓谷の入り口まで飛ばしてくれ」 「それより…お前を治すべきじゃないのか?」 ルネは何とも言えない顔でノアに問い掛けた。 私とウィリアムは驚いてノアの正面に回り込む。その腹には魔女の振り下ろしたナイフが深々と刺さっていて、ノアは額に冷や汗を浮かべていた。 ウィリアムが患部を確認しようと手を伸ばすと、ノアは逃げるように身を引く。 「大丈夫だから、崩れる前に地上に戻ろう」 「……お前がそう言うなら従うが、」 最早ノアの血なのか何なのか分からないほどに赤く染まった彼の服を見ていると、今までのことも含めて訳が分からなくなって来る。今ここで誰かが指を鳴らして時を戻してくれるなら、私は喜んで頼むだろう。 魔女の予言を思い出して、私は恐怖で震えた。 「ノア…本当に大丈夫?」 問い掛ける声はあまりに小さい。ノアは何も言わずに私の手を強く握った。魔女の魔力が弱まったせいか、ルネに付けられた手錠はもう消えている。 床に突っ伏するジゼルを見下ろしてノアは立ち止まった。 「貴女はただ復讐がしたかっただけ。リゼッタを使って俺を呼び出し、殺すことで、国王に自分のことを思い出して欲しかったんでしょう」 「………どうかしらね」 「産んでくれたことは感謝します。ただ、こんな形でしか愛情を示せない貴女は可哀想だ」 「………、」 「俺にとっての母親は、マリソン王妃一人で十分です」 ジゼルは笑ったように見えた。 私はノアに手を引かれながら、最後まで顔を上げないジゼルの姿から目を離せなかった。美しい魔女と彼女が産んだ双子の別れは、あまりにも悲しみに包まれていた。
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