78.アルカディア王国の皇太子妃

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78.アルカディア王国の皇太子妃

豊かな国土と成長する経済に支えられた強国、アルカディア。煌びやかな宮殿の一階にある食堂では、円卓が採用されている。それは、マリソン王妃の希望であり、「家族の距離が等しく近いように」という願いからだった。 その円卓を挟んで今、四人の王族が席に着いているーー 「いやぁ、兎に角だ、ノアが無事で良かった!」 「ご心配をお掛けしてすみませんでした」 「お前が氷の渓谷に行くと聞いた時は驚いたが、生きて帰って何よりだよ。ルネは元気だったか?」 「ええ、まあ。以前よりはまともになったかと」 「そうか!なら良いな!」 ガハハハと大きな声で笑うオリオン国王の目が、私に向けられた。思わず縮こまって顔に力が入る。 「リゼッタ嬢、君の身も案じていたよ」 「……恐れ多いことです、陛下」 「畏まるな!どうせ家族になるんだ、パパと言ってくれてもいいぐらいだぞ」 ギョッとした顔でマリソン王妃が国王を見る。 その視線に気付かないのか、上機嫌を隠すことなくオリオンはワインのお代わりをメイドに頼んだ。新しいグラスに並々と透き通った赤い液体が注がれる。 「ノアもとうとう婚約か…長い道のりだったな」 「言ったでしょう?僕が結婚したい女性が現れたら一番に父さんに紹介すると」 「そうだな、いざ現実になるとやはり胸が、」 言いながら涙ぐむオリオンにすかさずハンカチを手渡しながら、マリソンは厳しい表情を崩さない。 私が隣国の第二王子に婚約破棄された令嬢であるという事実は既に彼らの知るところだったが、今回ルネが王宮に出した嫌がらせの手紙によって、私がナターシャの元で働いていた娼婦であることまで明るみになった。 初めこそ国王夫妻は困惑し、どう接するべきか迷っていたようだったが、ノアの説得によって少しずつ雪溶けのように溝は埋まりつつある。 「国王夫妻…この場をお借りして話すことをお許しください。私は皇太子殿下に拾われた身です。すぐに認めてくれとは言いませんが、命が尽きるまでは殿下に尽くす所存です」 白いテーブルクロスを見つめながら、深く頭を下げた。 ノアに救われたこの命は彼のために使いたい。 元婚約者であるシグノーに追い出され、義両親のアストロープ子爵夫妻に見捨てられた私を、娼館という場所でノアは受け入れてくれた。 本来は客である彼の存在は、私の中でどんどん大きな存在になっていった。それは、彼が隣国の王子であると分かってからも同じで、引き際を弁えない私の心はいつもノアでいっぱいだった。本当にもう、苦しいほどに。 「リゼッタ、顔を上げて」 ノアの声に私は恐る恐る周囲を見渡した。穏やかに微笑むオリオン国王の隣でマリソン王妃が複雑な表情を浮かべる。 「婚約破棄された娼婦を隣国の王子が溺愛するなんて聞いたことがありません!」 「まあまあ、良いじゃないかマリソン。恋はいつも盲目だ!」 「国民に知られたら彼らが傷付くのですよ…!?」 「時代は進んでいるんだ、時の流れに任せよう」 「………しかし、」 陽気なオリオンに押されて口を噤んだマリソンは、テーブル越しに私の方を指差した。 「リゼッタ!今日から花嫁修行です。毎日、王族のマナーや国賓のもてなし方、夫の立て方まで全て私から学んでもらいますからね。イーゼンハイム家の嫁たる者、どうあるべきかを私が直接教えて差し上げましょう…!」 そのあまりの気迫に私はただ感謝を伝えながら頭を下げた。マリソンは大きく肩で息をしながら、ノアに向き直る。 ノアはグラスに残ったワインを飲み干して、場違いにニコニコした笑顔で王妃の視線を受け止めた。 「そんなに怖い顔をしないでくださいよ」 「……ノア、貴方に覚悟はあるの?」 「勿論です」 「アルカディアの王子として、イーゼンハイムの男として、そして私たちの息子として…リゼッタを守りなさい」 「言われなくても、喜んで」 ノアが微笑むと、見計らったようにオリオンがメイドを呼んで新しいシャンパンを開けさせる。手渡されたグラスを透き通った淡い色が満たした。 「それじゃあ、新しい皇太子妃に!」 乾杯の掛け声と共に高々とグラスが掲げられた。 国王、王妃、そしてノアと乾杯を交わしながら私はまだ夢の中に居るようで少し目頭が熱くなった。 テーブル下で触れられた手を握り返す。ノアと顔を見合わせると、自然と笑みが溢れた。アルカディア王国での私の新しい門出を祝福するように、窓の外には大きな月が浮かんでいた。 ーーーーEND.
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