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先ほどまで居た部屋には、白いグランドピアノしか置いていなかったが、隣の部屋にはテレビのほかソファやテーブルなどの家具家電が置かれていた。
とはいえ、こちらの部屋も必要最低限しか存在しておらず、装飾の類は一切ない殺風景なものだった。
「はい」
奏にリモコンを渡された響は、そのリモコンが自分の家のものより一回り以上小さいことに気がついた。
ボタンの数が少ないからだ。
続けてテレビに目をやると、これまた小さめな画面で、こんな大豪邸には不似合いとも思えた。
何よりテレビ本体に厚みがある。
家電屋で売っている格安のテレビでも、こんなに分厚いものは目にしたことがない。
既にこの時点でいくつか違和感を覚えていたが、テレビをつけた時に違和感は確信へと変わった。
現在世間を騒がせている事件。
世界の情勢、街頭インタビューに答える人々の服装、新機種の携帯電話のコマーシャル……
まるで馴染みがないものばかりだった。
強いて言うならば、全部『古い』。
連続殺人犯の事件は、最近見たテレビで『風化させてはいけない平成の残虐事件』として報道番組で特集されていたのを目にした記憶がある。
二つ折りの携帯電話なんて、使っている人をほとんど見かけない。
少なくとも、自分と同じ世代が欲しいと思うようなデザインや機能ではなかった。
そして極めつけは、大御所として活躍しているコメンテーターや俳優と同姓同名の人たちがテレビで紹介されていたのだが、彼らは揃って容姿が『若返って』いた。
おかしい。何もかもがおかしい。
「もう一度聞いてもいいですか。
今、何年と言いましたっけ——」
「平成××年」
「平……成……」
響は膝から崩れ落ち、床に手をついて項垂れた。
なんでだろう。
理由はさっぱりわからないけれど……時が巻き戻っている——?
それも平成××年って、早生まれの俺が産まれる前の年だ。
俺は、俺が産まれるより昔の時代にタイムスリップしてしまったというのか……!?
「ねえ」
響が項垂れていると、後ろから声が掛かった。
「テレビ見たなら、帰って」
奏の言葉に、響はどくりと心臓を鳴らした。
帰る……?
帰るったって——ここはまだ俺が存在しない時代なのに。
今住んでるアパートも築10年だからまだ建っていないだろうし、実家に助けを求めたところで、俺の両親は俺が息子だってことを受け入れられないんじゃないか?
……じゃあ、どこに帰ればいいんだ。
「……帰れない……」
「え?」
「帰る場所が……ないんです」
響は声を震わせながらも、思い切って言った。
「俺……っ、この世界に存在しない人間だから……っ!
だから帰る場所がないんです!!
俺も、どうしたらいいか分からないです……ッ」
瞳にうっすらと涙を溜めて見上げると、
奏は困惑した表情を浮かべた。
そりゃ、そうだよな。
突然自分のうちに現れて、帰る場所がないからどうしたらいいかわからないなんて泣きつかれて——
俺だって同じことを言われたら、こんな表情になるだろうな。
響がそう考えて沈んでいると、不意に奏の口が動いた。
「……ってことは——あんた、幽霊?」
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