天才作曲家の死

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如月奏は、死の直前までこれを作っていて、発表する前に事切れてしまったということだろうか。 だとしたら、さぞ無念だっただろう。 これ——譜面からある程度のメロディーは読み取れるけれど、実際に演奏したら、どんな音楽になるんだろう? ……弾いてみたい。 そんなうずきが全身を駆け抜け、響はいてもたってもいられない衝動に襲われた。 スーツの男はまだ戻って来ない。 ピアノの音は聞こえていたと思うが、慌てて駆けて来ないところを鑑みるに、 響がピアノを弾くことにも目を瞑ってくれているのではないか——そんな自分に都合の良い解釈をした響は、そわそわしながらピアノの前に置かれた椅子に腰掛けた。 楽譜を譜面台に載せ、ざっと最後まで目を通す。 大丈夫、そこまで難しい曲じゃない。 俺の右手でもなんとか弾けそうだ。 如月奏が遺した最期の楽曲。 俺なんかが勝手に弾いてごめんなさい。 どうか、この曲を俺が弾くことを許してください。 俺はあなたの音楽を心からリスペクトするファンです。 大切に、大切に弾かせて頂きます。 響は心の中でそう唱え、ピアノに向かって一礼すると、指先を鍵盤に乗せた。 ——繊細で美しい旋律が室内に反響する。 優しい音色に包まれると、ここが邸宅の中ではなく、どこか遠い異国の、手付かずの自然の中にいるかのような清々しさを感じた。 かと思えばどこか懐かしく、例えるなら故郷を恋しく思うような、胸に刺さる音色にも化ける。 掴みどころのない、不可思議で甘美な音の並び。 言葉に形容し難い多幸感に満たされながら、最後の小節を弾き切ったとき—— 気付くと響は、23年の年月を遡っていた。
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