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ダル・セーニョ
「誰」
背後から声が掛かり、響はびくりと身体を揺らした。
誰か来た!
けれど、さっきのスーツの人の声じゃない……
響はピアノから手を離し、心臓をドキドキ鳴らしながら声の方に振り返った。
そこには一人の青年が立っていた。
華奢で、響と同い年くらいに見えるその青年は
一目見て、それが誰であるかを理解できた。
しかし——
「……そんな、まさか」
そんなはずがない。
目の前にいるこの人が、如月奏であるはずがない。
顔は如月奏の若い頃にそっくりだ。
綺麗な整った顔立ちで、どこか浮世離れした雰囲気を醸し出している——
でも、如月奏じゃない。
だって彼は死んだんだ。
つい数ヶ月前に、43歳で。
だから如月奏が生きているわけないし、こんなに若いはずがない。
じゃあ……この人は誰だ?
青年は、怪訝そうにこちらを見つめている。
だが、響の返答を待っているのだろうか、それ以上口を開こうとしない。
じっと見て来るだけの青年に対し、響は状況を理解しようと必死で考えた挙げ句に
ある一つの可能性に行き当たった。
「あなたはもしかして——如月奏の、隠し子……!?」
「は?」
短い戸惑いの声が返って来る。
ち……違うのか?
でも、こんなに如月奏に似ていて若い男なんて、他にどんな可能性が考えられる?
「……如月奏の甥っ子……とか?」
「は?」
再びそう返って来る。
ええ……?
じゃあ、この人はいったい……。
——そういえば、あのスーツの人はいつになったら戻って来るんだろう。
それに、競売に掛けられているこの邸宅に
不動産屋と内見客以外の人が入って来れるのだろうか?
確かスーツの人は玄関に鍵をかけて、内見中に他の人が入って来れないようにしていたはず……。
じ、じゃあ、想像するのは怖いけれど……この人は……
「……如月奏の幽霊!?」
思わず響が叫ぶと、青年はぴくりと身体を揺らした。
青年はゆっくりと目線を下に降ろし、自分の足元をじっと見つめた後、再び正面を向いて響を見据えた。
「……ちゃんと足があるから、幽霊じゃないよ」
「えっ?あ——それは……良かったです……?」
「それから——俺は如月奏の息子でも、甥でもない。
俺が、如月奏だから」
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