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邂逅 Ver 3
俺が彼、権城 理に初めて出会ったのは十年前、A市の警察署の留置場だった。
ケチなオレオレ詐欺の受け子だった俺は騙した婆さんの家にノコノコと金を受け取りに行き、待ち構えて居た警察に捕まったのだ…
俺の両親は医師で生きて行く上では何の不自由も無く育てられたが、代々長子を重要視する家系に次男の俺は正直辟易して居た。
両親の関心はいつでも兄貴だけ。
どれだけ俺が両親の関心を引いて褒められたくても、構って欲しくてもそれは叶えられない夢だった…
当然、年を重ねる毎に俺は捻くれて行く…中学も高校もやりたい放題だった。
それでも、矢張り認めて欲しくて陰で必死に勉強し、有名大学に進学したが、両親は合格するのが当然とばかりに「良くやった。」ただ、それだけだった…
そんな言葉が聞きたかった訳では無かった…
心底ガッカリした俺は連日遊び呆けつつも何とか大学卒業迄は漕ぎ着けたが、真っ当に働く気等サラサラ無く、楽して金を稼ぐ方法しか考えて居なかった。
結果、行き着いた先はヤクザが胴元のオレオレ詐欺集団。
沢山の爺さん婆さんを騙し、あの手この手で金を奪い取り、貰った分前で男、女、誰でも構わず相手にし、手元に金が無くなれば又、騙した相手から金を奪いに行く生活を続けて居た…
そして当然の結果として留置場の住人となったのだ…
権城 理は留置管理官としては成り立ての様だった。
生真面目に黙々と仕事をこなす…
余りに真面目過ぎて側から見て居ると余裕の無い印象…
どう見ても俺より少し若い…
揶揄ってみたくなる。
上司の受けは余り良く無い様で、言われた通りに他の留置人が飲む薬を掌に乗せ、確認させてから飲ませる事もやり方が違う!と叱責されて居る…
内心(お前、この間そうやる様に自分で教えて居ただろ?)と思い乍ら見て居ると「自分は部長に教えられた通りにやって居ます。」と反論して居る…
(馬鹿…また蹴られるぞ…)
と思って見て居ると案の定、別の管理人を連れて来て、そいつに俺達を見張らせ、権城は部屋の外に連れ出され、蹴られて居る音だけが聞こえて来る…
(…こいつ等のやってる事も、俺らと大した変わりは無いな…)
一頻り暴行を働き、権城を伴って戻って来ると見張らせてた奴を帰らせ、何食わぬ顔で通常業務に戻って居る。
ふと、権城を見る…
瞳の奥に何者にも屈しない、何者にも冒される事の無い静かに燃える蒼い炎の様な物を感じる…
毎日の様に影での暴行は繰り返され、思わず「あんたも大変だな。そのズボンの下の脛にはあちこち痣があるんだろ?」と揶揄ってしまう。
権城は黙って此方を睨み付ける…
(嗚呼、良いね…その何にも屈しない瞳…)
思わずゾクゾクする…
毎日の様に揶揄い、毎日の様にいつか頂点に立つと豪語して居た俺は、とうとう彼の怒りを買い
「あんたみたいな知恵も博識も有る男が、どうしてその力を使って真っ当に生きようとしないんだ!!」
と、叱責された…
正直、驚いた。
今迄、誰一人として俺にまともに意見する者等、居なかったからだ。
驚いたと同時に嬉しくも有った。
一人の人間として初めて自分を真正面から見て貰った気がした…
結局俺は検察に送られ、権城 理とはそれ切り会う事も無く、余罪も有って三年間服役し、出て来た時には二十八歳になって居た。
ずっと権城 理に言われた事は頭を離れず、漸くまともな手段でまともに働く気になったが、犯罪に手を染めて居た俺は真っ当な職に就くのも難しく…
かと言って昔に戻る気にもなれずに居た時、運が良いのか悪いのか、海外の学会に出席して居た両親が不慮の事故で帰らぬ人となり、俺の手元には両親の遺産が転がり込んで来た…
俺はそれを元手に生まれ育った都会を捨て、隣のO市にバーを開き、店も軌道に乗った頃、権城 理に一言礼を伝えたくなり、初めて出会ったA市の警察署を訪ねたが、彼は既に何処かへ異動となり、二度と会う事は出来なかった…
それが昨年のクリスマス・イブ、彼は突然俺の店に現れた。
十年前と同じに瞳に蒼い静かに燃える炎を宿して…
彼だ!彼だ!!
一目見て、俺は彼が権城 理だと気付いた。
十年の間に線の細さは消え、刑事としての貫禄も身に付けて居るが、柔らかそうなクセの有る黒髪も何もかも十年前と変わらない…
俺が余りに見るからか、何かを思い出そうとして居るのか怪訝な表情を浮かべて居る…
煙草を吸いに外に出て行くのを見送り、バイトの子に後を任せ、自分も外へ…
「どうも…」
と話し掛け、煙草に火を点ける。
一息吐き「お久し振り、権城さん。」と言うと、鳩が豆鉄砲でも喰らった様な顔で此方を見る…
未だ思い出せないのか…仕方ない…
「あんたも大変だな。そのズボンの下の脛にはあちこち痣があるんだろ?」
と、言ってみる…
彼は驚いた顔をした。
思い出した様だ…
権城 理…俺の恩人…ずっと忘れられなかった存在。
十年の時を超えて再び彼に巡り会えた。
彼を再び目にした瞬間に何故忘れる事が出来なかったのかを、はっきりと意識した。
俺は、初めて俺を一人の人間として扱ってくれた彼が好きなのだ…
会いたくて、会えなかった存在…
この十年間、一日足りとも忘れる事は無かった。
この奇跡を手離すつもりは無い。
彼に対する俺の思いは、この十年の間に少しずつ変化して居たんだと、今はっきりと気付いた。
次は髪に触れてみたいと告げると、困惑の表情を浮かべて居る…
君はもう俺の手中に居る…焦る必要は無い…
これからゆっくりと君の心を解いて行く…
君が俺に振り向いてくれる迄、君の精神の琴線に触れ乍ら…
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