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和やかな三人とは対称的に、僕と航平の顔は暗い。と言うか深刻だ。だってとても笑ってお茶をしてる場合じゃないからだ。だからお茶にもケーキにも手を付けずにそう切り出したら、その雰囲気を察して先生が手に取ったお茶を戻し、一度母を見てから静かに話し始めてくれた。
「実はね、僕はお母さんたちに協力してたんだ」
そう言って始まった先生の話は、とても信じられないものだった。
話は先週の希の誕生日に遡る。
そこで母に言われた『戻ってらっしゃい』発言に、先生が疑問に思ったことが始まりだった。
「変だと思ったんだよ。僕とご両親の話し合いでは、卒業後もあそこでそのまま一緒に住むことが決まっていたからね」
以前から両親と先生との話し合いでは、僕は生活が安定するまでの間先生の家に住むことになっていたらしい。それは社会でのオメガの現実を知っている先生が提案してくれたもので、両親も申し訳ないと思いつつ、先生のところにお世話になっている間は生活費の援助を続け、その間に貯金をしてもらおうと思っていたらしいのだ。そしてそれは、希が小学校に上がるのを目処にしたものだった。なのにいきなりの母の言葉に、先生は何かあると思ったのたそうだ。
「実は以前から真希くんが何かを隠していることには気づいていたからね。もしかしたらそれが原因かもしれないと思ったんだ」
何を隠しているのかは分からない。でもその隠し事は両親も気づいているようだった。そしてその上で先生との同居を決めたのに、それをやめようと提案してきたのは、その隠し事に原因があるのかもしれない。
「何か状況が変わったんだろうと思ってね。それで鎌をかけたんだ」
それは僕に対してではなく、両親に対してだった。
「なんとなくだけど、隠し事は希の父親のことだと思っててね、だから真希くんと結婚するって言ったら、どうするだろうって。もちろん僕の勘違いで初めからそんなことはなくて、ただ本当に真希くんの卒業後が心配になって言ってるのかもしれないけど、その時はその時でちゃんと真希くんと結婚しようと思ってたよ。真希くんに言った僕の気持ちは本当だからね」
だけど電話で話した母の様子が明らかに動揺していたことに、やはり何かあるのだと確信した先生は出来るだけ早い帰省を決めた。
「真希くんなしでご両親と話そうと思ってね。それをどうしようかと思いながら家に行ったら、運良く航平くんと出会して、ちょうどいいから二人で話してもらいながらその間にご両親と話そうと思ったんだよ」
そこで母から、実は航平と結ばれて欲しいと思っていることを知る。そこで僕の隠し事が希の父親ではなく、好きな人がいることだったと分かった先生は両親の話に乗ることにした。
「二人が両片思いを拗らせてるのは見てすぐ分かったしね。ここは一つ、年長者の僕がなんとかしないとと思ったんだよ」
微笑みながらのその言葉に、僕は恥ずかしくて下を向いた。だって航平と先生が会ったのってあの少しの間だけなのに、それで僕達の気持ちが分かったなんてっ。
僕一体、どんな顔をしていたのだろうっ。
「とにかく僕は、真希くんに幸せになってもらいたいと思ってるんだ。だからそれにはまず、好きな人と一緒になるのが一番だろ?」
本当に先生には僕の気持ちなんてバレバレなんだ。思えば先生に嘘や隠し事が出来た試しがない。航平のことだって一言も言ったことなかったのに、以前から気づいていた僕の隠し事と結びつけてすぐに分かってしまったらしい。
だけど、先生はそうだとして・・・。
「母さんは?なんで僕と航平をくっつけたかったんだよ」
なんで航平なんだろう?
幼馴染だからって、航平には彼女がいたのに。それでも両親にしたら、あまり知らないアルファよりもよく知るアルファの方がいいと思ったのだろうか?
そう思ったけれど、母は全く別のことをあっけらかんと言った。
「だって真希、ずっと航くん好きだったじゃない」
さも当たり前のように言う母に、僕は言葉に詰まる。
なっ・・・?!
あまりのことに口をパクつかせる僕に、母は申し訳なさそうに口に手を当てた。
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