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「そうよ、由美ちゃん。まだ希に会ってないでしょ?先週3歳になったのよ。私たちもたくさん動画を撮ってるから、一緒に見ましょう」
その言葉におばさんの顔がぱあっと明るくなる。
「そうよ。真希ちゃんのお子ちゃま。希くん?実は昨日見かけて、すごく羨ましかったの。やだ・・・私にとっても孫なのよね」
おばさんが本当に嬉しそうに言って笑うから、僕は心が痛んだ。
「ごめん、おばさん。それからおじさんも。僕が嘘を言ったから、今までの希のこと、見せてあげられなかった」
僕の両親は希の事が分かってからその誕生を待ちわび、生まれてからもその成長を見守ってくれた。希は両親にとって愛すべき初孫であり、二人の幸せの源なのだ。そしてそれは航平の両親も同じだったはず。だからきっと、本当なら僕の両親と同じくらい希の誕生を待ちわび、そしてその成長を一緒に喜んでくれるはずだったんだ。なのに僕が嘘をついたから、その幸せな時間を奪ってしまった。
それに一番申し訳ないのは・・・。
「航平も。ごめん」
希のことをあんなに可愛いと言って、父親であることを喜んでくれた航平。そんな航平はきっと希のことを喜び、良い父親になってくれていただろう。なのに僕はその機会を奪った。それに僕は、希からも愛してくれるはずの父親を奪ってしまったんだ。
「ごめんなさい」
僕は僕のエゴでみんなの幸せを奪ったんだ。けれどそんな僕に、おばさんが『違う』と言う。
「言ったでしょ?悪いのは航平よ。いくら真希ちゃんが嘘をついたとしても、それに全く気づかずに今までいたなんて、鈍感も過ぎるでしょ?」
そう言って笑うと、おばさんは僕の肩をぽんと叩いた。
「それに確かに3歳までは見てあげられなかったけど、これからいっぱい可愛がらせてくれるんでしょ?おばさんすごく楽しみよ」
そう言っておばさんは、今度は手を伸ばして僕の頭を撫でる。
「真希ちゃん、よく頑張ったわね。一人で大変だったでしょ?赤ちゃんは生むのも育てるのも、ものすごく大変なことなのよ。仕込む方はそれっきりだけど、それをお腹の中で10ヶ月も育てて、やっと生まれてもそれは初めて触れる未知の生物。どうしたらいいのか分からなかったでしょ?ホルモンのバランスも崩れて精神はガタガタだし、すぐ悲しくなって涙が出てくるし。なのにそれを、真希ちゃんは一人で堪えてここまでやり遂げた。それはすごいことなのよ。だからいいの。他の責任はお気楽な航平に押し付けちゃいなさい」
そう言って優しく頭を撫でてくれるから、僕の涙腺は壊れてしまう。思えばずっと気を張って、怒涛のように変わっていく環境に僕もちゃんと応えなきゃと頭をフル回転させて、相手の反応に一喜一憂して・・・。そうやって張り詰めていた心の糸が、一気に緩んだような気がした。
そんな僕を今度は母が抱きしめてくれる。
「そうよ、真希はよく頑張ってるわよ。大体父親なんてね、私達母親の気持ちなんてなんにも分かってないんだから。ちょっと子育てを手伝ったくらいでイクメンなんてもてはやされて、子供はおむつ替えて遊ぶだけじゃ育たないのよ、て」
そう言ってぽんぽんと僕の背中を叩く母の言葉は、最後は父への愚痴になっていた。けれどそれにおばさんが同調し、二人とも結構溜まっていたんだな、と思うほど次から次へと愚痴を言い合い始める。それを居ずらそうに黙ってお茶を飲みながら終わるのを待っている父達に、僕の暗く沈んだ気持ちも軽くなる。
「さあ、準備が出来ましたよ。話はそれくらいにして上映会始めましょう」
僕達が話している間、先生は自分のパソコンとリビングのテレビをつないで動画を見られるようにしていた。そしてその声で始まった上映会はなんと、僕の妊娠期からだった。
悪阻が酷くてヘタっていた頃から始まったそれはおそらく両親が撮ってくれていたと思われる動画と静止画で作られていた。そしてそれは臨月まで続き、お産へと進んでいく。
その映像に驚いていると、母がこっそり教えてくれた。いつか希の父親になる人のために、先生が以前から作ってくれていたのだそうだ。
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