幼馴染の嘘

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その航平の言葉に、僕の胸も痛む。 僕も同じだった。嘘をつかなければ、もっと未来は違ったのではないか。こんなに完全に航平との関係が無くならずに済んだのではないだろうか。 そう思って苦しい時間を過ごしたけれど、僕には希がいて、そんな苦しみを上回る程の幸せをくれた。 確かに嘘から招いた出来事で、希の存在は間違いだったのかもしれないけれど、その存在は僕にとって何よりも替え難いもので、この世の何よりも愛しい存在だ。そんな希がいたからこそ、僕の心はいつも救われていた。 だけど航平には、そんな存在はなかった。 航平にとってこの3年間は、僕よりも苦しいものだったかもしれない。 「僕はもう消えないよ。航平がいらないって言っても、離れてやらないから」 ここを噛んだ責任は取ってもらう。 そう思って僕は航平の手を僕のうなじに導いた。するとその意味が分かったのか、航平はそのままうなじを撫でる。 「いらないなんて言うわけないだろ?やっと俺だけのものになったのに・・・」 そう言って航平は抱きしめる腕の力を強めた。 「真希が逃げたいって言ったって、もう逃がさない」 その声と思いがあまりにも真剣だったから、僕も腕を伸ばして力いっぱい抱きついた。 「逃げないよ」 僕の気持ちも届け。 そう思って航平に負けないくらい強い思いを込める。するとそれをちゃんと分かってくれたのが、密着した肌から伝わって来た。 番になると、本当に心が通じ合うんだ・・・。 うなじから入ってきた航平の力が、僕の中の細胞ひとつひとつに根付いているのを感じる。そしてそれがまるで受信機のように、僕に航平の心を伝えてくれるのだ。そしてきっと、僕の心も航平に伝わっている。 オメガはそうして生涯ただ一人のアルファと繋がり、その人とだけ心を通わせる。そしてその人だけのものになるんだ。 だからもう、僕は航平だけのもの。 自分が自分のものでは無く誰かのものになるなんて、きっと以前(ベータ)の僕なら嫌だったかもしれない。だけど今はそれがうれしい。そしてそう思えてしまうのが、オメガなんだ。 希を生んでも、どこかまだ自分がオメガである実感がなかった。だけど今やっと、それを理解した気がした。 僕はオメガ。 そしてその僕が、ずっと好きで忘れられなかったアルファ()のものになれたことが、すごく嬉しくて幸せだ。 そう思って幸せを噛み締めていると、不意に航平が小さく笑った。 「でもさ、おばさんたちよく怒らなかったよな」 そう言いながらうなじを優しく手のひらで包む。まだ傷が新しくてガーゼに覆われているけど、そこから航平の温もりが伝わってくる。 「番ってさ、結婚とはその重みが全然違うだろ?なのにあんなにあっさり流されちゃって、実はちょっと拍子抜けだったんだよな」 確かに航平が番になったことを言った時、その事実よりも過程の方に気を取られて妙な空気にはなったけど、それに対して二人とも何も言わなかった。その後はすぐに成長記録上映会になったし、その間も始終航平の両親と希のことを話していた。 だけどそれは、きっと両親が望む最良の形だったから何も言わなかったんだと思う。僕の気持ちを知っていた二人は、僕の思いが叶い結ばれることを願ってくれていた。だからたとえ航平に結婚を考えるほど大事な彼女がいたとしても、僕に最後のチャンスを与えてくれようとしたんだ。 「何も言わなかったのは、遅かれ早かれそうなって欲しいと思ってたからだよ。二人とも僕のパートナーは航平がいいって思ってたってこと」 だから何も言わず、そのまま受け入れてくれたんだ。 「それよりさ、航平に彼女がいたのに僕とくっつけようとしたことの方が驚きだよ。もし本当に航平が結婚の許しを貰いに彼女の家に通ってたらどうするつもりだったんだろう」 それはそれで僕の気持ちに決着をつけさせようとしたんだと思うけど、相手の彼女にしたらたまったものじゃない。 「確かに。だけど、さすがおばさんだと思ったよ。なんとなくだけど、母さんは本気で俺の彼女だと思ってたみたいだけど、おばさんは違うような気がするんだよな」 そう言うと航平がふっと腕の力を抜いてくれたから、僕も離れない程度に心地よい場所に身体を直す。
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