運命の子

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 一つの小さな島がありました。島は森の町と海の町、二つに分かれています。森の町、海の町の人々が出会い、交わる事は決してありませんでした。何故なら昔からの予言で、森の住民と海の住民が出会えば、悲劇が起きると言われてきたからです。だから二つの町の人々は、それぞれの存在を恐れていました。  嵐の夜、月が真っ赤に染まる夜、森の町では一人の女の子が産まれました。森の町の女王の子。お姫様が産まれたのです。女の子はリースと名付けられました。しかし、森の予言者はリースの誕生に、不吉な言葉を漏らしました。 「赤い月の夜に産まれた子は、災いをもたらす。」  誰もが怯えました。しかし、女王である母親は予言など戯言と、聞き入れませんでした。  同日、嵐の夜。赤い月が浮かぶ夜に、海の町でも元気な男の子が産まれました。男の子の父親は、町の独裁者。王子様が産まれたのです。王子様はユノンと名付けられました。しかし、海の予言者もまた、不吉な言葉を漏らします。 「赤き月の夜、産まれる子は絶望をもたらす。」  予言者の言葉に、独裁者である父親は我が子を恐れ、町から少し離れた塔に、ユノンを幽閉する事にしました。  こうして同じ日に産まれた、お姫様と王子様。お姫様は森の中、沢山の動物や人々に支えられながら、すくすくと美しく育っていきました。対する王子様は、寂れた塔の中、世話の者に育てられながら、自ら様々な知識を身に付けようと勉学に励み、賢く美しく育っていきました。  リース、ユノンが十一歳の誕生日を迎える日。森の町ではリース姫の誕生祝で、盛り上がりを見せていました。対する海の町では、ユノン王子の誕生日を祝う者など誰もおらず、ユノンは相変わらず一人、勉学に勤しんでいました。  リースはパーティーをしている中、一匹の白い猫を見つけました。とても愛らしく、可愛らしい猫に、リースは心を奪われます。猫はパーティー会場から離れ、茂みの奥へと歩いて行きました。その後を、リースは追います。猫を夢中で追いかけていると、空から一粒、二粒の雨が落ちてきました。やがてその雨は激しさを増し、嵐へと変わります。  リースは慌てて戻ろうとしました。しかし、辺りを見渡してみると、いつの間にか海辺へと出てきてしまっている事に気が付きました。 「大変・・・海の町の近くまで、来てしまったわ。」  リースは森の町へと戻ろうとしますが、どこをどうやって来たのか、帰り道が分かりません。おまけに外は酷い嵐。強い風と雨で、前がまともに見えませんでした。  せめて雨風をしのげるところへと、と思い、辺りを見渡すと、一つの塔が見えました。 「あそこなら、しばらく居ても大丈夫かしら・・・。」  リースは顔を腕で覆いながら、塔へと向かいました。  塔はとても古く、錆びれており、静かで誰も住んでは居なさそうでした。恐る恐る、リースは塔の扉を開きます。鈍い錆びついた音が、外に響き渡りました。塔の中はしんとしていて、扉を閉めると外の風の音が、ヒューヒューと小さく聞こえるだけで、とても静かでした。 「ここなら大丈夫そうね。」  ほっと一息とつくと、リースは探検でもするかの様に、塔の奥へと入って行きました。  塔の中は、外とは違いとても暖かく、温もりを感じます。まるで誰かが住んでいる様な、そんな雰囲気でした。  塔の中を歩き回っていると、どこからか声が聞こえてきました。その声はとても小さく、何かの呪文を唱えている様に聞こえます。声の聞こえる方へと行くと、一つの小さな扉の前へとたどり着きました。どうやらこの扉の中から、声は聞こえてくる様です。  リースはそっと扉を開きました。すると、扉の中には、一人の男の子が、沢山の本に囲まれて、歌を歌っています。  ユノンは本を眺めながら、小さな声で自分の誕生日を祝う、歌を歌っていました。そんな時、突然扉が開き、見知らぬ女の子が中へと入ってきたのです。  ユノンとリースは、お互いの目が合いました。 「こんばんは。」  リースは小さな声で、男の子に挨拶をしました。 「こんばんは。」  ユノンは笑顔で、女の子に挨拶をしました。 「扉を閉めてくれるなか?隙間風が入ってきてしまう。」  ユノンが穏やかな声で言うと、リースは小さく頷き、扉を閉めて部屋の中へと入ります。  沢山の本が置いてある部屋の中を、リースは不思議そうにキョロキョロと見渡しました。 「貴方はこんなところで、何をしているの?」 「住んでいるんだよ。」 「この沢山の本は何?」 「色々な本だよ。歴史が書いてあったり、物語が書いてあったり。」 「さっきの呪文みたいなのは何?」 「歌だよ。歌を歌っていたんだよ。」  質問ばかりするリースに、ユノンは全て笑顔で答えていきます。 「歌?どんな歌?」 「誕生日を祝う歌だよ。」 「誕生日を?誰かが誕生日なの?」 「今日は僕の誕生日なんだ。」  その言葉に、リースはとても嬉しそうな表情をしました。 「貴方も誕生日なの?私もよ!私も今日誕生日なの!」  リースの言葉に、ユノンも嬉しそうな笑みをこぼします。 「君も今日誕生日なの?なら、僕達は同じ日に産まれたんだね!」  二人はお互いの顔を見つめあうと、笑顔で笑いあいました。 「私はリース。貴方は?」 「僕はユノン。初めまして、リース。」  二人は互いに自己紹介をしました。 「座ってもいいかしら?」 「どうぞ。」  リースがユノンの横に座ると、ユノンの前に、小さな蝋燭が一本だけ刺さった、一切れのパンを見つけました。 「これは?」 「誕生日ケーキ・・・かな。」  寂しそうに答えるユノンに、リースまで、寂しい表情になってしまいます。 「貴方はどうしてここに一人でいるの?今日はお誕生日なのに。」  リースの質問に、ユノンは悲しげに答えます。 「僕は絶望をもたらす、呪われた子なんだ。だからここに、ひっそりと暮らしている。」 「絶望を?どうして?」 「僕が産まれた夜は、今日みたいな嵐で、赤い月が浮かぶ夜だったんだ。だから予言者 に絶望をもたらす子だと言われ、父上が恐れ、僕をここに幽閉してしまったんだよ。」 「何て酷い話なの・・・。」  リースはそっと、ユノンの頬に両手を添えました。 「大丈夫よ、貴方は呪われた子なんかじゃないわ。だって、私も同じだもの。」 「同じって・・・?」 「私も嵐の夜、赤い月が浮かぶ夜に産まれたわ。予言者には、災いをもたらす呪われた子だと言われたわ。でもお母様は、そんな事は気になさらずに、私はとても大切に育てて下さった。私も呪われた子。貴方の呪われた子。だけど私は、こんなにも幸せよ。だから貴方だって、幸せになれるはずだわ。」 「君も、呪われた子なの?」 「えぇ、そうよ。」  リースは優しい笑顔で答えます。 「そうか、同じ呪われた子なのに、こんなにも違うなんて・・・。君の母上は、とても強い方なんだろうね。」 「えぇそうよ!お母様はとてもお強いわ!だって森の町を、一人で守っているんですもの!」  自慢げに言うリースだったが、森の町と言う言葉に、ユノンは悲しそうな表情を浮かべました。 「君は・・・森の町のお姫様なの?」 「えぇ、そうよ!」 「そう・・・。」 「どうしたの?」  ユノンは悲しげな表情のまま、改めて自己紹介をしました。 「僕は・・・僕は海の町の王子、ユノンです。リース姫、ここから早く、お帰り下さい。見つかったら大変です。」  ユノンの海の町と言う言葉に、リースはショックを受けてしまいます。 「貴方は・・・海の町の王子様なの?そうなのね・・・。」  二人はしばらくの間、無言でお互いの顔を見つめました。 「大丈夫よ・・・大丈夫だわ!」  突然リースは、大きな声で言いました。 「だって、私は呪われた子。それでもこんなにも幸せ!予言なんて嘘よ!だから森の町の者と、海の町の者が出会っても、悲劇は起こらないわ!予言なんて全て嘘よ!」  リースは更に言います。 「それに、呪われた子同士一緒にいるのに、何も起こらないわ!起こっているのは嵐だけ!怖い物なんて何もないわ!」  リースの力強い言葉に、ユノンの顔からは自然と笑顔が零れました。 「そうだね・・・そうだね!」  ユノンも力強く答えると、二人は強く握手を交わしました。  それから二人は、色々な事を話しました。森の町のお話、海の町のお話、二人の両親のお話。二人は時間が経つのも忘れ、夢中で話します。気付けば二人は、互いに惹かれ合っていきました。それはとても、自然な事でした。 「ねぇ、ユノン。恋って、こういう風に始まるのかしら?」 「人それぞれだね。でも僕達の場合は、運命だと思うよ。」 「運命?」 「うん。同じ嵐の夜。赤い月の元に産まれ、また嵐の夜に出会った。二人とも呪われた子だと言われている。」 「そうね、私達、とてもよく似ているわ。私達が出会ったのは、きっと運命なのね。」  二人は嬉しそうに笑います。しかし、森の者と海の者。結ばれる事は町の者達が許しません。予言を恐れているからです。 「どうすればいいのかしら?」 「どうすればいいんだろう?」  二人は必死に考えました。どうすれば、町の人達に分かって貰えるのかを。 「話し合うのはどうかしら?」 「それだ無理だよ。お互いに会おうとはしない。」 「なら、私のお母様と、貴方のお父様の二人が話し合ったら?」 「父上は予言を誰より恐れている。決して君の母上には、お会いしないだろう。」  二人は深く考え込みました。どうすれば分かり合えるのかを。 「こんなのおかしいわ。間違っている。皆予言に振り回されているのよ。」 「そうだね。外の世界では、もう予言者などいないと聞いている。誰もが平等に過ごしていると。」 「そうだわ!それなら、二人で外の世界へ行きましょう!」 「島を出るのかい?」 「えぇそうよ!」  リースの提案に、ユノンは少し悩みました。 「でも、どうやって島を出ればいいんだろう・・・。島には船はあるけど、長旅が出来るような船も、食糧も僕達だけじゃ調達出来ない。」 「それもそうね・・・。」  確かにリースの提案は、いい案でした。しかし、それを実行するには、幼き二人には余りにも難しい事でした。 「そうだ!来世で再び出会うのはどうだい?」  今度はユノンが提案をします。 「来世で?」 「うん。本に書いてあったんだ。運命で結ばれている二人は、来世で再び出会い、結ばれる事が出来るって。」 「それは素敵ね!どうすればいいの?」 「来世で再び出会うには、死んでからなんだよ。だから僕達が大人になり、老いて命尽きるまで、待たなくてはならない。」 「私はそんなに待てないわ。」 「僕もだよ。今すぐ結ばれたい。」 「私もよ。」  二人は互いの手を取り合いました。 「「今すぐに・・・。」」  二人は強く決意をしました。今すぐ命を絶ち、来世で結ばれようと。  気付けば外は晴れ間が見え、嵐はとっくに過ぎ去ってしまっていました。星空が顔を出し、綺麗な月も光輝いています。  リースのユノンは、二人で手を繋ぎ、崖の上に立っていました。 「来世で会おう、リース。」 「来世で会いましょう、ユノン。」 「僕達は運命の子。」 「だから再び巡り会えるわ。」  そして二人は、崖から身を放り投げました。来世で出会えると信じて。  今宵の月は、とても赤かったのです。二人はまだ幼き、お姫様と王子様。森の者と、海の者が出会い、予言通りに悲劇が起こりました。
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