門番

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 交際することは許してもらえたものの、外泊は未だに言い出せないまましばらく過ごしてきた。でも、あとからいくら首がねじ切れるくらい振り返っても取り戻せないのが今のこの時期なのだとなんとなく思い知ってから、あたしは徐々に我慢できなくなってきたのだ。  だから彼氏に「お父さんには絶対首を縦に振らせるから」と大見得を切って約束をしてきた。これはもはや一歩も引けない戦なのである。なんなら首を持ち帰って戦果を報告したいが、そもそも今は戦国時代ではなかった。 「ちなみに、どこに行くんだ」 「東京」  単語しか答えられない。何が逆鱗に触れるかわからない。ふとした瞬間に撃針に触れ、一気に火の手が広がることが恐ろしい。 「ということは、日帰りはできない、ってことだな」  うん、と頷いた。箸を置いた父親はそのまま腕を組み、目を閉じる。んんん、と車のエンジンみたいな唸りが聞こえた。  思わず身体をわずかに縮こまらせてしまったが、門番がもう一人いることを、あたしはその瞬間まですっかり忘れていた。 「だめに決まってるでしょ。女友達ならともかく、男子となんて」  そんな母親のキンキンした声に、隣で何食わぬ顔をしながら三角食べを続けていた姉の表情が曇るのを感じ取った。あー、ちくしょう。そういえば母親も別にあたしたちの味方をしてくれるわけじゃなかったな。抜かった。  ただし父親がボスキャラなら、母親はその腰巾着みたいなものである。母親が許しても父親が許してくれなかったことは何度もあった。逆も然りだが、その場合は父親の意見が優先される。なるほど我が家も議院内閣制を採用しているということかな……と、受験生だった頃はよく思ったものだ。 「まあまあ。男子ったって、彼氏だよ? 前にウチにも連れてきたんだし、どこの馬の骨なのかくらい、ママも知ってるでしょ」  そうやって援護射撃する姉は、私と違ってなぜかずっとパパ・ママ呼びを通していた。それでも母親のボルテージは下がることを知らない様子だ。あん時はなかなかかっこいい子じゃないーなんて言ってたのにねえ、と茶化す姉の言葉を、母親の刃物のような声が遮った。 「そういう問題じゃないの。とにかく日帰りならまだしも、泊まりなんてまだ早い」  思わずあたしは「そんなこと言うなら、いつだったらいいのよ」と言い返した。  青春はチキンレースだ。まだ大丈夫だ、と思った次の瞬間には「社会人」という底の見えない谷に突き落とされている。もう卒業したサークルの先輩たちにもよく言われたことだった。
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