門番

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 階段を下りていくと、既にあたし以外の家族全員が席についていた。母親の作った食事が並んでいるダイニングテーブルが、今日は(そび)え立つ門扉に見える。早鐘を打つ胸をおさえながら、あたしは一つだけ空いている席に腰を下ろした。  食事は家族四人全員で同じテーブルについて摂る……というのが、我が家の父親の主義であり、勅命であり、美学だった。あたしはタブレットで動画を観ながら食べたいと思うタイプだけど、そんなことを堅物の父親が許すはずもなかった。これまでに二回くらい本気で喧嘩をしたが、結局はあたしが疲れて折れてしまったから、もう何年もこのスタイルが続いている。そこにこれから、とある請願を携えて斬り込もうというのだから、そりゃあ心臓もオーバーロード寸前になるというものだ。  あたしが席についたのを確認して、父親が箸をとるのと同時に、全員が同じ動作をした。食事のスタートだ。家族全員が集まるからといって、別にぺちゃくちゃ喋りながら食べるわけでもないのが余計に緊張する。今日は特にそうだった。味噌汁の味がわからない。どろりとした固形物が舌の上を滑っていく感覚で、かろうじて(あ、今日はナメコか)とわかるレベルだった。  父親は食事が終わると、いつもすぐに風呂に入って自室へ引っ込んでいくから、チャンスはこの食事中しかない。ああなったらどうしよう……と心配することは色々とあるが、考えてみたら父親と大喧嘩をしたことなんて別に未経験ではない。回数をかぞえる時に折れる指が一本減るだけだ。そう思って、覚悟を決めた。 「ねえ、お父さん」  ちょうど白米を頬張っていた父親の視線が、あたしのほうに向いてくる。 「なんだ」 「来月、夏休みに旅行へ行きたいんだ」 「誰と」 「彼氏」  ぴくり、と父親の眉が上がる。そういえば前回喧嘩したのって、あたしに彼氏ができたことをうっかり姉が口走ったことがきっかけだったな……という記憶が、新幹線もびっくりな速度で駆け抜けていった。
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