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「ふあぁぁ……」
夜明けの近い住宅地の広場で、一人ストレッチを始める。いつもより身体が重く感じるのは、大学に提出するレポート作成で睡眠時間が足りていないからだろう。
未明の空気はまだ重く冷たい。もう少し身体を温めないとトレーナーは脱げないか。
「カメラ位置、確認しておいてねー!」
「撮影終了、6時30分厳守だから! 配線チェックは確実にな」
「俳優さん、到着です! すぐにメイクに入ってください!」
太陽が昇る前だけど、すでに現場はバタバタしている。何しろ時間との勝負だし。
街中での撮影は正直、あまり好きじゃない。何しろ朝が早いから。
野次馬や見物客も困るけど屋外撮影は警察の許可とかも必要だし、何やかやで時間が限られるのは仕方のない事ではあるけれど。
「よぉ! 準備はいいか? しっかり身体を温めとけよ。今日の撮影もハードだぜ」
石造りの冷たい地面に座って前屈をしていると、背後から肩を叩かれた。
「あ! 社長、お疲れ様です」
慌てて立ち上がる。
「いいって、続けな。スーツアクターってなぁ身体が資本、単に動けりゃぁいいってモンじゃぁねぇ。特にヒーローは動きのキレで勝負しなきゃならねぇしな」
にっ……と笑うアラフィフの髭面は、とても『18歳の若者が変身した後の中身』には思えない。だが、この世界で社長ほど『主役の動き』が出来る中の人はいないと言われる。
「ぶっちゃけ、お前みたいにバイトでここまで真剣に取り組んでくれるヤツは珍しいんだ。将来は消防士目指してるって? 勿体ねぇなあ、ウチに来たらいいじゃねぇか」
「ええ、特別救助隊になりたくて。ああ、でもこの仕事は歩合がいいですし戦隊物は子供の頃からファンでしたから気に入ってるんです。……それにしても撮影が日中でないのは助かりますね。昼中でアレは相当キツいですから」
チラりと見つめる先に、スーツに着替えるためのロケバスがエンジン音を立てながら停車している。
「しゃねーやな。何しろ前作は視聴率がイマイチだったから、制作陣も今回の『建竜戦隊ジュウキョウジャー』は気合の入り方が違げぇよ」
気合いのほどはともかくとして、問題はスーツの重量だ。
通常であればスーツアクターのアクションを優先してなるべく簡素なスーツをデザインするのだが、今回は『見た目のインパクトが肝心』とばかりに『恐竜』と『建設機械』をモチーフに最初からゴッテゴテのデザインなのだ。
僕の演じる『トリケラ・シャベル』は頭と肩に派手な角があって、更に胸の前にデカいバケットまで着いている。
「あれだと何だか見た目に強そうでテレビ映えはしますけど、『実際に動いて戦う』のは、かなり辛いんですよ」
少しだけ弱音が口をつく。
「ははは! 『重労働』はこの仕事のオヤクソクよ。んじゃ、先に行っているぜ」
そんな僕を笑い飛ばしながら、社長はロケバスへと向かっていった。
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