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もう10年も前になるか。長距離トラックドライバーだった親父が交通事故に巻き込まれたのは。
夜中に何台もの車がぶつかる大きな事故で、救出が遅れていると消防から家に連絡があったのだ。
「モグレンジャーは助けに来てくれないの?」
幼い僕はそう言って、歳の離れた兄の袖口を引っ張ったのを覚えている。当時放送していた戦隊ヒーローの名前だ。
「モグレンジャーは悪の組織と戦わなくてはいけないからね。忙しいんだろう」
寂しそうに答える兄の姿は、今でもはっきり覚えている。
結局、遅れて救出された親父を受け入れられる病院が中々見つからず。たらい回しにあっている間に親父は救急車の中で息を引き取った。
「ここの近くの病院は何処も外科医が不足しているんです。夜間は、特に」
悔しそうに唇を噛み締めながら頭を下げたオレンジ色の制服姿が、今でも脳裏に焼き付いている。
そして、『そのこと』が理由だったのだろう。兄は物理学者になる夢を方向転換して医大へと進んだ。今は地元の病院で働いている。
僕はというと兄ほど頭のできはよくなかったが、何故か体力には恵まれた。なので消防士を……それも大事故や災害などで人命救助に働く特別救助隊を目指すことにした。
そうして、僕らみたいな悲しい想いをする人間を一人でも減らしたいと願って。
画面の中の『ヒーロー』では、現実の人間を助けることはできないのだから。
親父が死んでから僕らを引き取ってくれた爺ちゃんは僕が大学へ行く学費も出してくれると言ってくれた。
それでも医大に進んだ兄に相当な費用が掛かっていることを思うと、とても「はいお願いします」とは言えなかった。だから、歩合のいいバイトは有り難いといえば有り難い。
夜が明けて、辺りが明るくなるのと同時に撮影開始だ。まずは、スーツアクター組からの撮影。何しろ特撮スーツはただでさえ暑いのに、今回はギミック盛々のせいで全重量が20キロを超える。
「戦闘シーンいきまーす! 準備お願いしまーす!」
ADさんが手を振って呼んでいる。さて、ここからが今日の本番。いよいよ『見せ場』だ。
「さぁ、行くぞ!」
社長が皆んなに気合を入れていく。
戦隊メンバーは社長以下社員の4名と僕、それと臨時バイトで雇った悪の戦闘員役が8名、そして今回の『悪の怪人』を演じるのはうちの常務だ。
「グヘヘ! ジュウキョウジャーめ! 今日こそは倒してやるぞ!」
「許さんぞ! 怪人め!」
「シャベェェル! アタック!」
スタッフのアテレコに合わせて殺陣を演じる。投げ技、蹴り技は視聴者をワクワクさせる見せ場だから一切の手抜きは出来ない……のだが。
……くそっ! 重すぎるぞ!
上半身に集中した20キロ超のギミックが演技の邪魔をする。
次第に呼吸が苦しくなってくる。太腿に震えが入りだす。スーツの中で滝のような汗が流れ出る。多分、僕の汗はさっき飲んだ麦茶の味がするんじゃなかろうか。
「はい、オッケーです!」
監督の合図に、思わずその場にへたりこんだ。
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