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「ふぅ……」
青い仮面越しに大きくため息を吐く。全身がだるい。手足が重い。
かつてテレビを観ながら「もっと戦うシーンがあるといいのに」と不満に思っていた子供の頃の自分を殴ってやりたい気分だ。「出来るか、ボケェ!」って。
今日の撮影分はもう終わりだからさっさと着替えて休みたいのは山々だけど、そうはいかない。僕たちと入れ替わりで『変身前の』役者さんたちが演技をするので、それをキチンと観ておく必要があるんだ。
スーツを着たまま地面にベタリと座り込む。汗ばんだ生地が肌に貼り付き、まるで雨に降られたかのように冷たいけど目を離す事は出来ない。
「当たり前だけど、テレビの前におる子どもにとって『中の人』なんておらんのだぞ」
社長はそう言って、役者さんの演技を見る重要性を教えてくれた。
「変身前と変身後で、動きのクセが全然違ったら違和感が出ちまう。だからキチンと見ておけ。無意識のときに肘が曲がっている角度とか、頭の細かい動きとかな。後は喋るテンポも重要だぞ。アテレコでバシっと合うタイミングにしないかん」
タオルで顔と首の汗を拭きながら、僕は『変身前』を担当している役者さんをじっと見つめていた。
「こっちはいないぞ!」
「そっちにいないか?」
「探そう、きっと近いはずだよ!」
『変身前』の役者さんたちが演技を続けている。
撮影終了時刻が厳密に決まっているから、出来る限りNGが出ないように皆んな気合が入っているのがビンビンと伝わってきて気持ちがいい。
……ああ、格好いいなぁ。
ぼうっと、その姿に見惚れる。
トリケラ・シャベルの変身前である『鎧漉雨』を演じるのは、若手俳優の飯島翔太さんだ。
何というかさ、オーラがあるんだよね。そこにいるだけで皆んなの目を集めるというかさ。……僕にはない才能だ。
「いくぞ変身! ジュウキョウ・チェンジ!」
飯島さんが変身ポーズをとっている。
「はいカット!」
一発で監督のオーケーが出て、俳優さんたちが戻っていく。気が付いたら他の戦隊メンバーも早々にロケバスへ戻っていたから、僕が最後だった。重い腰を上げて立ち上がる。
「……」
ふと、言い知れない不安に襲われる。
僕は、こんなことをしていていいんだろうか。『人の役に立ちたい』と願いながら、やっていることは『ヒーローごっこ』じゃないのかと。画面の中にいるヒーローは、現実の人間を助けたりはしないのだから。
と、そのときだった。
「あっ! トリケラ・シャベルだ!」
道路を隔てた公園の反対側、小さな子どもが僕を見つけて指差した。しまった、そう言えばまだ装備一式を身に着けたままだった。
思わぬ所で出会ったヒーローに興奮したのだろう。その子どもが、母親の腕を振り切って道路へ飛び出す。
「危ない!」
走り込んできた大型トラックが、クラクションの悲鳴を上げた。
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