スーツアクター

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 躊躇している暇はなかったし、助けられるなんていう保証も確信も安全マージンも何もなかった。  激しく鳴り続けるクラクション、急ブレーキに唸るタイヤ、絶叫を上げる母親。  僕に、子どもを救いに飛び出していくという以外の選択肢はなかった。  うっかり飛び出してしまった子どもに罪はない、完全に僕の不注意なのだ。どんなことをしてでも……!  身体が重いとか、寝不足とか、装備がどうとか、そういう一切を忘れた。限界まで高められた集中力のせいなのか、一瞬がとても長く感じられる。  とにかく何とかしないと。それだけだった。 「坊や、捕まれ!」  大きなタイヤが子供を巻き込む寸前に、どうにか子どもを抱き込むことに成功した。  だが、トラックの車体はもう頭上にまで迫っている。逃がす暇はない。とっさに、僕は胸に着いていた『トリケラバケット』へその子どもを押し込んだ。少しでも怪我が少なくなれば、それで。  激しいブレーキのスキール音、焦げるようなゴムの臭い。車体の下側に嵌まりこんだ身体が地面にすれてバキバキと鈍い音がする。スーツが裂けて地面に擦っているのだろう、腕や背中が焼けるように熱い。  誰が叫んだのか「大丈夫か?!」という声を、薄れていく意識の中で聞いた気がする。 「……ここは?」  目が覚めて最初に見えたのは真っ白な天井だった。どうやらベッドの上らしい。肘に繋がる半透明な点滴チューブ。 「やっと目を覚ましたか、心配させやがって」  聞き覚えのある声。 「……兄貴か」  そう言えば撮影現場近くの病院に勤務してたんだっけ。 「『兄貴か』じゃないだろうが、無茶しやがって。トラックの下敷きになって簡単には身体が出せないからって、特別救助隊(レスキュー)が出動したんだぞ。……俺の方が生きた心地がしなかったぜ」  付き添い用の椅子に、疲れた顔のよれた白衣姿。 「ごめん、心配かけた」  よく見ると、頭も腕も包帯だらけ。だが一応、手足もちゃんと揃っているようだ。最悪の事態も覚悟したが、神様は割と大目に見てくれたか。 「お前の着ていたゴテゴテのヒーローギミックが幸いしたな。それが防護服の役割を果たして大事には至らなかった。全身の擦過傷と打撲は、まあ諦めろ。強めの痛み止めを処方しておいてやるから、それで我慢しとけ」 「……あの子は?」  それが、一番心配で。 「お前が庇った子どもか? あの子はお前の胸に着いていたバケットに入ったのが幸いして、奇跡的にほぼ無傷だ。まあ……よくやったよ、この大馬鹿野郎が」  吐き捨てるようにして、兄貴がぷいと横を向いた。 「変身前の役名が鎧漉雨(よろいすくう)だって? ふん、本当に『鎧』が『』ということだ」
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