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それから一週間後。
退院した僕は真っ先にバイト先の事務所へ顔を出した。
「よお、英雄!」
社長が片手を上げて僕を呼び寄せる。
「お疲れさん。怪我はどうなんだ? 骨折は無いって聞いたけど痛みとかはどうだ? 次の撮影は3日後だが、何とかなりそうか」
「はは……まあ、痛いのはそれなりですが何とか撮影はやりたいと。でも、トリケラ・シャベルの衣装はダメになってしまいましたよね?」
トラックの下敷きでバラバラにしてしまったのだ、すぐに直せる物でもあるまい。タイトな撮影スケジュールの中、それだけは本当に申し訳ない。
「何、気にするな。うちに落ち度はないし、新聞やテレビに『ヒーローが子供を助けた』って報道が出て、番組の注目度もうなぎ登りよ。保険会社以外、誰も文句は言わんさ。がはは!」
豪快に笑うけど、きっと後始末は大変だったに違いあるまい。少しだけ肩身が狭いというか。
「ああ、それとな。あの壊れた衣装、あのまんま使うって監督が言ってたよ。次回分の脚本を書き換えて、トリケラ・シャベルが敵の攻撃でボロボロにやられるという設定にするそうだ」
「あの残骸を?!」
転んでもただでは起きないというか。
「そんで、その次週から英雄の特権でお前だけ先行して『パワーアップバージョン』になるってよ。元々来月にはパワーアップの予定でスーツやギミックの制作をしていたから、トリケラの分だけ先に仕上げるんだ」
「パワーアップですか!」
格好よくなるのはテンションが上がるが。
「……いや、でも、もしかして」
何か嫌な予感がする。
「おう! ちなみに新バージョンのスーツは25キロくらいになるってよ!」
がはは、と豪快に笑ってくれるけど。
「勘弁してくださいよ! あと5キロプラスですかぁ!」
今から身体が重くなった気がする。
「まあ頼むぜ、お前には期待しているんだ。ヒーロー物はシリーズごとに表の役者が変わるけど、適性と覚悟が問われる中の人間を代替えさせることは難しいんだよ。特にお前は今回の件で名前が売れているんだし」
そして、社長がずいと身を乗り出してきた。
「……だから、大学を卒業したらウチに来いや。俺を助けると思ってさ。一緒に世界を救うヒーローになろうぜ」
その無邪気に笑った髭面が、何処か死んだ親父に重なった気がして。
そうだな。僕なりの『人助け』があっていいのも知れない。
「分かりました、お世話になります」
僕の差し出した右手を、社長がごつい両手でがっしりと握り返してきた。
「おう、これからもよろしくな! 期待してるぜ」
完
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