3人が本棚に入れています
本棚に追加
第2話 少女、害悪に出会う
「まあ、いいわ。あなた日本から来たんでしょ。タクティスってまだ活動してる?」
息苦しい応接室、やっと無銭だったことを問い詰めるのをやめた女性は、莉緒にやさしく尋ねする。
「は、はい。メンバー結構変わりましたけど」
「ヘェ、私、ミヤビくん推してたんだよねぇ」
女性に引きずられるようにして、屋敷の隣の建物へと連れてかれた莉緒。
どかりと猫脚ソファーに座った女性の前で、小さくなりながら紅茶を飲んでいた。
ちらりと、女性を見る。スタイルは黒スーツがよく似合う細身でありつつも、メリハリのある身体。そして、鮮やかな黄色のネクタイがとても眩しい。また、金髪のストレート髪を緩く後ろで結び、薄いメイクでも目鼻立ちがキリッとしていて、とても美しい。
野暮ったい自覚がある莉緒にとって、気後れするほどに美女だった。
さて、彼女の口から出てきたアイドルは、地下から這い上がったレジェンドアイドルの元タクティスの雅さんのことだろう。金髪が印象的な彼、昔は美の女神よりも美しいと言われてた人だ。
「み、雅さんは、脱退して、このアイドルのプロデューサーです」
「まじ? やば、現地妻だらけで、アイドルプロデューサーとかウケる」
女性は皮肉げに笑う。莉緒はその言い草に、思わず顔を引きつらせた。実は、最近事実妻同士が路上で喧嘩し警察沙汰になったのがニュースになったのだ。
推していたアイドルの暗部をペラペラと話す行為は、決して褒められた行為ではない。
「そ、そういう事言っちゃ駄目では……」
莉緒が恐る恐る言うと、首を傾げた女性は莉緒の顔を真っ直ぐ視線で貫いた。
「いいよ、私、害悪ヲタクで有名だし」
「が、害悪?」
「推しと寝て、マウントして、匂わせしちゃうヤバいヲタク。なんなら、一度ホテル行ってるところ撮られてるし。アイドルも人間だからね」
アイドルファンなら聞きたくない内容を、躊躇いなく話す彼女。思わず耳を塞ぎたくなるほどだ。
ライオンソウルはそんなことしない、言い切りたいが事実、プロデューサーはやらかしている。
「あ、もしかして、アイドルに夢見ちゃってた?」
彼女は戸惑う莉緒の様子に気づいたのか、面白そうに口元を歪めて笑う。そして、それは図星だった。
「まだ、歴浅くて」
「ああ〜、一番頭が花畑で楽しい時ね。ごめんね、楽しくない話でしょ」
疑心暗鬼になる気持ちをぎゅっと堪える。
「まあ、覚えておきなよ。彼らも結局人間なの。どっかで遊んでいて、おかしくないの。完璧な檻でも用意しない限りね」
酷い。でも、事務所が管理できてないなら、そういうことがあってもおかしくない。だって事実、そういうニュースはあるのだ。これ以上聞くと心がしんどい。莉緒はどうにか話を変えようと、彼女に質問した。
「今もタクティスを……?」
「好きじゃない。私以外の女と寝てる男とか、無理無理。新宿限定の女とか言ったのよ」
女性は手のひらを「ないない」と言わんばかりに横に振る。少しの会話でも、次から次へと知りたくないことを知ってしまう。莉緒の心は擦り減り、辟易としていた。
「それより、ねえ、無銭のお嬢さん、名前は?」
心を折れそうな莉緒に、女性はやっと満足したのだろう。やっと彼女の名前を尋ねた。
やっと話が変わったとホッとした莉緒は、少し緊張した面持ちで挨拶をする。
「あの、わ、私、塩谷莉緒と言います」
「莉緒ちゃんね、私はヤスミンと呼んで」
少し上ずった莉緒の自己紹介に、彼女も自己紹介し返す。ヤスミンとは、まるであだ名のような名前である。
それでも、名前を知れたことに安心した莉緒は、ヤスミンに微笑んだ。
「よろしくお願いいたします。ヤスミンさん」
「よろしく。で、莉緒さん、単刀直入にいうけど、貴方、異世界転移してるわよ」
「ええ、はあ、はっ?」
あまりにも耳馴染みのない言葉に、莉緒は顔を顰めた。
最初のコメントを投稿しよう!