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第1話 少女、異世界転移する
「無銭のお嬢さんは、アイドル好き?」
「は、はい」
洋館の一室。
向かい合うソファに、女性と少女が座っていた。
入り口から見て部屋の奥側には、金髪黒スーツで黄色いネクタイをつけた女性。入口側には、ブレザーの制服を着た黒髪の少女。不安そうにトートバッグを抱きしめていた。
「缶バッチ一枚の痛バ。中々見ないわね」
痛バ、痛いバッグとは、推しの缶バッチや写真などグッズの数でマウントするためのもの。しかし、女性が指したのは、少女が家庭科で作ったトートバッグに大きな缶バッチ一つだけ。
「こ、この缶バッチしか、持ってるグッズ無くて」
「で、ペンライトは市販キンブレ。アクリルペンラも作れないの?」
「う、売り出したばっかなんです!」
キングブレードと言われるのは、ボタン一つで何色にも光る便利な市販ペンライト。これは、独自のアクリルペンライトすら作る余力がないということ。
失礼な女性ではあるが、それは少女が不可抗力であるもののマナー違反したせいだろう。
なんでこんなことに。少女は、先程起きた不幸な出来事を思い返した。
少女こと塩谷莉緒は、今全く見覚えのない街の路地裏に居た。
手元にあるスマートフォンは圏外。この場所は一体どこか、皆目検討がつかなかった。後楽園のライブ会場にいたはず。
「ここどこ!? ライオンちゃんたちは!?」
莉緒は唯一の缶バッチを見る。缶バッチには、ライオンちゃんと彼女が呼んでいる日本のアイドルグループ「ライオンソウル」のメンバー全員が写っている。
彼らは、伝説のアイドルがプロデュースしている今話題沸騰中のアイドル。
全員、莉緒より年上だが、やはり良い顔と少年ぽい感じが、莉緒にとっては好きなポイントである。
そう、彼女が今頃生で見れたはずの推したち。
「夢なら推しとの幸せな夢を見せてよ」
この異常事態に莉緒は、頭を抱えるしかない。
「熱きチシオの〜夢に〜ススメ〜」
渋々と彼らの曲を口ずさみながら、人通りの少ない道を歩いていく。推しの熱きソウルが、不安な気持ちをなんとか支えている。
「自分にエイエイエイオー……ん?」
そうしていると、莉緒の視界に妙な集まりが飛び込んできた。
大きな洋館の門の前、色々な格好を彩り豊かな女性たちが日傘を差しながら、扇子を持って壁に沿って整列している。
「なんだろう?」
彼女たちは丈の長い様々なドレスやワンピースでおめかしをしており、静かに何かを待っているよう。
それにしても、一番気になるのは彼女たちの扇子だ。色は様々だが、皆共通して同じ扇子を持っている。また、何人かの女子は冊子を見ながら、くすくすと笑い合っていたり、様々である。
なんだか、似ている光景を見たことあるような。
その時だった。屋敷の前に、一台の緑色の馬車が止まる。列に並んでいた緑色のドレスを着た女性がすっと前に出る。
ガチャッ 馬車の扉が開いた。
「わあ、イケメン!」
そこには柔和な笑みを浮かべたイケメン五人、緑色の洋装を着ていた。全員耳長めではあるが、異次元の美しさ。
ドンドコドコドコドコッ
美しい顔面を浴びて、莉緒の鼓動はすごい音を奏で始める。
「お待たせしました。私たちの愛!」
歯が浮くようなセリフをサラリと!
王子様からの流れ弾に当たった莉緒は、顔を真っ赤にしながら、その場に崩れ落ちる。
勿論緑色の女性たちも、うっとりしていた。そして、一緒に門の中へと入っていく。
すぐに青い馬車がやってくる。今度はクール系な美青年たちと、青色の令嬢たち。
「私達の唯一、お揃いで。行きますよ」
クール系イケメンたちの小さな微笑み。尊い。
次は赤い筋肉ムキムキオラオラ系と赤い令嬢。
「待たせたな、相棒。今日も元気に行くぞ。あ、足元、段差あるから」
オラオラ系の優しさやばい、ええ好き。
その次はミステリアス系と紫の令嬢たち。
「今日も美しい蝶たちを見れるのは幸運です」
キザなセクシーすきですか? ハイ好きです!
そうして、次々と洋館に入っていく。
その様子を心の中で実況していた莉緒は、やっと既視感の原因に気がついた。
「ライブの入り待ちだ」
入り待ちとは、ライブ会場とかで関係者入り口前で陣取り、アイドルグループのメンバーを見ようとする行為。基本禁止行為だが、ここでは容認されてるよう。
なんだあれかと一人納得している莉緒、そのすっきり感は背中の気配に気づかないくらいだった。
「こんにちは、ファンクラブ会員限定イベントを勝手に見ている無銭のお嬢さん」
「ひっ」
ぬるりと、背中に誰かの体温。莉緒は、喉を引きつらせたまま、ゆっくりと振り返える。そこには、金髪ストレートの美しい女性がいた。
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