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駅までのバスは行ってしまったばかりで、お互い傘をさして横並びになりながら歩く。
男の子は、成田くんという別の学部の一年生だった。
「自分が言ったことと逆のことが起きるのって、面倒じゃないですか。逆にさえすれば叶うってことでもありますが」
「一応ね。でも、本当に叶えたいことって叶わなくない? 昔試しに、『お菓子の家が突然現れませんように』って言ってみたけど何も起こらなかったもん」
「さすがに、内容が無謀です」
「成田くんは今でもよく使うの、言霊」
「周りに大きな支障が出ない程度には。先輩はどうなんですか」
「もう使わないことにしてる。さっき成田くんが言霊のコトバ持ちか確かめたくて、使いかけたけど」
雨音に負けないように、少し声を張って話す。
「それは、逆言霊で悲しいことがあったからですか?」
「うん。お姉ちゃんが受験に落ちて、それから嫌になっちゃった。そういうことないの?」
「ありますよ。高校のとき、好きな子と付き合えたんですけど、それはただ自分が告白して付き合いたいって言っただけだから叶っただけじゃないかって。不安になって結局うまくいかなくて、別れちゃいました」
そのときのことを思い出したのか、陰を含んだ声色になる。傘越しに見える顔は、少し俯きがちだった。
「本来、言葉って自分でコントロールするものですよね。でも俺たちが持っているものは、その範疇を超えている」
「コトバ持ちの宿命なんだろうね。力を持つ代わり、言葉を素直に扱えない」
言葉に一種の恐怖感を持つコトバ持ちは、自分の言葉で何かを発信することを恐れる。だからインターネットやSNSで検索をかけてもあまりヒットしない。何かあったとしても、それは途中で力を失ってしまった人の記録とか人づてに聞いた話とかだ。
だから、直接仲間に出会えたときの感動は結構大きい。しかも、私と対の、言霊だ。
気づけば、道の向こうに駅前のビルが見え始めていた。
「あーあ! なんか着いちゃうのもったいないな。道伸びてほしいくらい」
成田くんが驚いたように立ち止まる。私は気にせず歩き続け、話し続ける。
「期末レポート終わらせたい。Aプラスの評価取りたい。あと、なんだろ、えーと、夏服ほしい!」
言霊の人の前では、力が出ることはない。
成田くんもワンテンポ遅れて理解したようで、口々に願いを言い始めた。
「バイト先忙しいから少しくらいお客さん減って欲しい。一限早いから全部無くなってほしい」
「内容、邪悪じゃない?」
「いいじゃないですか。叶ったら困ること、先輩の前でしか言えないんだから」
あれがいい、これがいい、こうなってほしい。
頭に浮かんだことをそのまま声に出せるのは気持ちがよかった。
乗る電車は反対方向で、ホームで別れる。
「最後に聞いていい? どうして最初、雨が弱まりますようにって言霊使おうとしたの。やみますように、じゃなくて」
「雨が降らないと困る人もいるでしょうし、それに雨の日って雰囲気よくて好きなんです。完全にやんじゃうのも惜しくて」
小さく息を呑む。
この瞬間が決定的だった。
そこから成田くんとは、連絡を取り合うようになって、ふたりで会うようにもなって。頑張っている女の子が見たら頬をつねられそうな、昔の私が見たら目を丸くするような、いわゆる勝ち確状態の片思いを経て私は告白された。
「そらさんのことが好きです。付き合ってくれませんか」
観覧車に乗っていて、ちょうどてっぺんに着くタイミングだった。キラキラした夜景に囲まれながら、成田くんの手を取る。
「よろしくお願いします」
お互い気恥ずかしくなって、ふふっと笑い合う。
私であれば、堂々と成田くんと向き合える。言霊の力で付き合えたんじゃないかって、不安にさせることもない。
コトバ持ちのことだけじゃない。優しいものごとの見方も、栗色の髪も、私と目が合ったときの微笑みも。全て私は好きだ。
これが運命だ、絶対に。
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