欠けたコトバと私たち

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◇ 「お姉さん帰ってくる日って、今日の夜?」  夏休みに入り、今日は成田くんにショッピングに付き合ってもらっていた。  暑くて休憩しに入ったカフェでそう聞かれ、私はストローでクリームソーダを飲みながら首を縦に揺らす。 「うん。帰ってくること、言ったっけ」 「言ってないけど。落ち着かない感じあるから、そうなのかなって」  表情と態度に出てしまっていたらしい。思わず顔を両手でぺたぺた触ると、成田くんはおかしそうに笑った。 「やっぱり緊張? お姉さんと会うのは」 「うん。やっぱり昔の逆言霊のことあるから、余計なこと言わないようにしなきゃって思っちゃう。あとそこはそれほど気にしてないんだけど、元々性格のタイプも違うんだよね」 「あ、じゃあ当ててみたい」 「いいよ」  成田くんはコーラフロートの長いスプーンを持ちながら、視線を斜め上にした。 「そらさんと違うタイプでしょ。あざといアイドル系」 「違いまーす」 「なら、超元気系」 「お。割と元気め、というか明るいんだよね。帰省するたびに『最近何かいいことあった!?』って前のめりに聞いてくる」 「いいことっていうのは、恋愛?」 「いや、ジャンルはなんでもいいっぽい」  人気の店なのか、店内は混み合っている。涼めたしそろそろ出ようか、と外に出た。 「この近く、大きな公園あったよね。行きたいな」 「いいね。行こう」  成田くんはうなずくと、日傘を私の上にさしてくれた。  いっぱいの緑に囲まれた公園は、蝉の鳴き声と周りの人たちの楽しげな声にあふれていた。大きな立て看板でおすすめお散歩コースを確認しながら、一緒に歩いていく。 「コトバ持ちのトラウマできたときの相手って、自分の中で独特の存在になるよね」 「ん」  曖昧な返事に、そうだ、成田くんのその相手は前の彼女か、とはっとする。 「聞かないほうがいい? 前の彼女さんのことは」 「いや。むしろ聞くのに抵抗ないの」 「その過去を踏まえての今の成田くんだと思えば、なんとか」  それに、聞くとしたら心がどこか繊細になってしまう夜よりも、太陽がぴかぴか輝いている今の時間のほうがよかった。 「どんな子だった? えーと、その、Aさんは」 「Aさん。Aさんね。……同い年で、部活も同じテニス部だったんだけど。いつもしっかり練習してて、そこに尊敬してた」  顔もわからないAさんが、テニスコートで黙々と練習に打ち込む姿を想像してみる。それを邪魔にならない位置からこっそり見つめる、成田くんのことも。  尊敬できる人。すっと出てきた言葉に口が尖る。自分で切り出しておきながらちょっとつまらない気分になって、右手をグーにして背中をこづいた。 「いぃったぁ」  木々の隙間からのぞいた噴水の水が、光を浴びて宝石みたいに輝いて散る。  暑い中歩いた疲れが出たのか、帰ってからすぐソファで横になってしまった。そこで昔の夢を見ていた。  小学生のときの夏休みで、私は生活の授業で育てているアサガオを家に持って帰ってきていた。庭で水をあげる私と、隣にいる姉と、私たち姉妹を見守るうちに泊まりに来ていた祖父。実際のままだ。 『アサガオ、咲かなかったらどうしよう』  姉と祖父が、あ、という顔で私を見る。私もしまったと口を押さえたけれどもう遅くて、あさがおのつぼみがむくむくと膨らみ一斉に花を咲かせた。 『あーっ、ギャクコトダマ出ちゃった!』 『すごーい、そら。魔法みたいだったよ!』  陽の光を浴びる満開のアサガオに姉は目を輝かせる。祖父は私の頭に優しく手を置いた。 『コトバ持ちの力は厄介だが、そらの逆言霊は、後ろ向きな言葉でもいいことになるって思えばいいものだな』 『うん!』  幼い私はじょうろを抱きしめて、アサガオと一緒にはにかんだ。 「つめったぁ」  藍色と紫色の、きれいなアサガオ色をした夢が一気に弾けて消える。  ひやりとしたものが首筋に当てられ目が覚めた。昼間の成田くんみたいな言い方になってしまった。  いつのまにかソファーで寝ていた。顔を上げると缶チューハイを二本持った姉がいて、にっと口角を上げた。 「お帰り、お姉ちゃん」 「ただいま。出迎えてくれないと思ったら寝てるとはね。このこの〜。はい、一本あげる」 「日中出歩いてて体力使っちゃったんだよ。ありがとう」  缶のプルタブを開け、姉と乾杯する。二十歳祝いね、とデパコスの紙袋が続けて渡された。私は五月生まれだ。  ソファーにもたれかかってくつろぐ姉は、毎日この家にいるかのように自然で違和感がない。 「そらがもうハタチなんてね。どう、最近、いいことあった?」 「TOEICでいい点取れた」 「へー!! 頑張って勉強したんだね、偉い」  お互いに缶を傾け、少しの()ができる。 「そら、彼氏できたんじゃない? 雰囲気がなんかそれっぽい」  手元がぶれてお酒をこぼしそうになる。姉は手で輪っかを作って楽しげに目元に当てた。 「お姉ちゃんにはお見通し〜。大学の人?」 「……うん。同じ大学の後輩」 「へー、後輩なんだ! 何きっかけで知り合ったの」  基本、姉との会話ではこちらから話を切り出すことはしない。その分、聞かれた場合にはきちんと対応することにしている。  もう一口追加で飲んで、観念して口を開いた。 「コトバ持ちなの。逆言霊の逆、言霊の人。だから私の力も効かない」  コトバ持ちとは予想外だったようで、姉は目を瞬かせた。それも一瞬のことで、すぐ満面の笑みに戻る。 「運命的だね。じゃあ、そらはその彼の前だったら遠慮なく話せるんだ?」 「そういうこと」 「なら、会わせてよ。それで話そうよ、三人で」 「私と、お姉ちゃんと、成田くんで? なんで」  別に二人を会わせたくないよ、という言葉は飲み込む。これを言ったら多分、逆言霊が働いてしまう。逆言霊にならない発言、なる発言というのは自分の中でなんとなく線引きを心得ていた。 「そりゃあ、そらが本音で話せるなら、ね」  私が姉と素直に会話できてないことは、やはり本人にも伝わっていたらしい。 「約束ね」  私が小さいときと同じ調子で、姉が小指を出す。私はため息をついてそれに自分の小指を絡めた。  
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