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◇
学生証をタッチして図書館のゲートを通ると、入り口にはハロウィンの飾り付けがされていた。あと半月だもんな、と思いながらプラスチックのジャック・オ・ランタンに目をやる。
手前のトイレに、軽くメイクを直しに行った。ファンデーション、崩れてない。ティントリップ、塗り直し。生え際のアホ毛、スティックで直す。ひらりとした長袖ワンピ、シワはなし。
今日だけは逆言霊を使おう。成田くんがいない今なら、ちゃんと使える。
「今日はずっとかわいくない私でいる」
鏡に映る自分に向かってつぶやく。見た目は特に変わらないけれど、これで多分、マスカラの繊維が落ちるとかリップにムラができるとかは防げる。成田くんと初対面のときは未遂だったから、しっかりこの力を使うのは何年ぶりだろうか。
でも、気づいてないだけで無意識のうちに力が働いてしまったこともあるかもしれない。自分自身のことであっても、コントロールは難しい。
今日は成田くんと課題をやろうと約束していた。奥の席で成田くんは資料を広げながら黙々とパソコンを打っている。
「おつかれさま」
「おつかれ、そらさん」
向かいの席に座り、私もパソコンを立ち上げる。図書館は静かだからと言うのもあるけれど、お互い一度始めたら集中するタイプなので話さないままずっと続けた。でもたまに目が合うとちょっと笑い合ったりして、そういう瞬間が幸せだった。
あらかじめ十七時までと決めていたため、時間が来たらそこでやめにする。一緒に図書館から出ると、一番星が光っていた。
雲はひとつもない。最初に会ったあの天気とは大違いだ。
「バスか歩き、どっちで帰」
「成田くん」
我ながら強張った声色に、成田くんが口をつぐむ。
「成田くんの前だと通じないってわかってるけど、今から逆言霊使うから、聞いてもらえる?」
静かに頷いたのを確認してから、深く息を吸い込む。
「私、成田くんのこと好きだよ」
これは、ひっくり返せば「私は成田くんのことが嫌い」という意味になる。
ずっと考えていた。私と成田くんはお互いにコトバ持ちだから付き合えた。そして、そもそも成田くんはコトバ持ちじゃなければ前の彼女と別れることもなかったと思う。
お互いが嫌になって別れたんじゃない。
成田くんが私のことを好きでいてくれているのは本当だとわかっている。でも成田くんが本当に好きになれて必要とする人は、お互いの欠けた部分を補い合える人ではなく、尊敬し合える人なのだろう。
それを分かったまま付き合い続けることなんて、できなかった。
「俺は、そらさんのこと」
涙声の成田くんの唇に人差し指を当てて言葉を制する。
突然だ、成田くんの反応も仕方ない。でも、私たちの会い方も突然だったのだから終わり方もこっちのほうがいい。
私は続けて言った。
「これからも一緒にいたい。だからね、これからもよろしく」
これからは一緒にいれない。だからね、ずっとさようなら。
ないはずの雨のにおいが鼻をくすぐって、泣くことをこらえるのに精一杯だった。
〈終〉
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