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1 きっかけは突然に
よろず町は旧家の屋敷と神社が普通より多いこと以外はいたって普通の町、だと俺は今の今まで思っていた。
だけど、そうではなかったのを知ったのは俺、岬 火竜が小学5年生を迎えた春のことだった。
それまで通っていたよろず町にある祭囃子小学校がいつもと違う風に見えて仕方無かったんだ。
「あ…やべ…」
わざとじゃなかった。ちょっとコントロールをミスっただけなんだ。
一部の男子とサッカーをしていた最中に石碑と呼ばれる石をかけさせてしまった。
するとピシッピシッとあの気になる音がした。
しばらく前から気になっている音が。
黙っているのは性に合わないし、なんだか落ち着かないから俺は一緒にサッカーをしていたクラスメイトを連れて校長先生に謝りに行ったんだ。
うちの学校の校長先生は祭囃子小学校の何十年前の卒業生で本人たっての希望でこちらに赴任してきたらしい。
だからその石碑にも思い入れがあるかなって思ってのことでもあるんだけど…
校長先生は快く許してくれたけど…どこか不安そうにも見えたんだよな。
「何かあった時は…火竜君たのみましたよ」
なんて意味深な言葉を言ってたっけ。
それから今日なんて、祭囃子小学校の校庭のすみっこにある木造の旧校舎の上に黒い雲がずっと浮かんでたんだ。
だって天気予報ではここ一週間はずっと晴れのはずで…ましてや新校舎の方には全然黒い雲なんてかかってなかったんだから。
うう~んとうなっていると後ろから明るい声が聞こえてくる。
「おっはよ!火竜どうしたの?こんな所で立ち止まって。教室行かないの?」
「アンナ…うっせー、お前には関係ねーよ。暇人」
「あーっその言い方心配してるのに良くないんだ!火竜のお母さんに言いつけよっかな」
アンナは口をとがらせながら負けじと言い返してくる。
「えっあっ冗談だよ冗談!本気にすんなよ!」
俺の母さんはとても怖い。
ゲームのキャラで言えばラスボスみたいな迫力がある肝っ玉母さんだ。
息子の俺より幼馴染であるアンナの方を何故か気に入っていて、可愛いだの俺の世話をやいてくれてありがとうなんてにこにこしている位だ。
…そこがあんまり納得いかない。
だから何かアンナには特別意地悪するつもりも無いけど、口が悪くなっちゃったり、自然と若干冷たい態度を取ってしまうのかな…?
「とにかく、もうすぐチャイムなっちゃうよ!早く行こっ」
「…おお」
仕方なく返事するけど、俺は甲斐性無しでも何でもない。
ただ、人よりちょっと口が悪くて向こう見ずで人よりちょっと熱血気味というか…なんというかでそんなに世話をやかれる程頼りない訳でもないのに…
アンナも母さんも自分が見てなきゃ危ないって勝手に思ってるみたいで、こいつ…アンナは特に学校も休みの日もべったりと着いてまわる。
それだけならまだ良いけど最近は母さんみたいに小言まで言う様になって所帯じみてきた。
昔は…5歳の出会った時は長い金髪で緑の瞳が西洋人形みたいでちょっと可愛いかも…なんて思ったりもしたけど…
それも昔の話だ。
昔話をしても仕方ない。
気を取り直してアンナの言う様に校舎へと急いだ。
何とかチャイムが鳴るまでに5年2組の教室に入ることが出来て何人かのクラスメイトにおはようって声をかけられる。
おはよと俺からも返していると…
「よう、また仲良く登校かよ。ほんと仲良いよな。火竜とアンナちゃんは。」
にししと笑いながらクラスメイトの一人、水橋 昴がひそひそと話しかけてくる。
昴は小3の時から同じクラスの男友達。
…友達って呼べるかどうかはイマイチ自信は無いけど。
なんとなくそんな感じ。
友達の中でも男女の仲っていうのが気になるみたいでこいつは結構女子とも屈託なく恋バナとか可愛い子に話しかけに行くいわゆるチャラ男。
小5の中でもそういう話が似合う様な雰囲気つーか少し大人っぽい印象はあるのは認めるけど…
「からかうなよ。お前じゃねーんだから」
ランドセルをドカッと置きながら俺は不機嫌そうに話す。
反対に俺はこういう話はちょっと苦手だ。
だってどういう反応をして良いか分からない。
何ていうか心臓のあたりがむずむずするんだよな。
漫画やアニメを見るとかゲームやサッカーとかドッチとか運動してる方が性に合う。
大体高学年になってからみんな誰が好きだの可愛いだのかっこいいだの盛り上がりすぎじゃねーか?とすら思う。
人にどう見られてるとか容姿を気にし過ぎだっつーの。
人それぞれだろそういうものは。
あ…そういやこいつはあの黒い雲見えるかな?
「昴はあの旧校舎の方なんか見える?」
一応旧校舎の方を指で指して昴にも聞いてみた。
「は?旧校舎?…何もねーけど?何、可愛い子でもいんの?」
またこいつは…と少し呆れてしまう。
「ちげーよ、何か変わったことねぇ?」
昴はなーんだ違うのかと気の抜けた返事をしてきたけど…俺があんまり真剣に言うからもう一度目をこらして見てはくれたみたいで…それでも何も見えないみたいだった。
「俺視力は良い方だけどさ、お前の言う変わったことっていうのが分かんねぇよ。俺にはいつも通りの旧校舎だもん。お前ゲームのし過ぎで目疲れてんだよ。ルテイン取れルテイン。」
昴はテレビCMで覚えたての言葉でからかい始めてきたので関心が無いのもあるだろうけど見えてない、というのは本当みたいだ。
「…ん、そうかもなサンキュ」
見えないなら良いか…と黒板の方を向き直す。
するとちょうどクラスのドアが開いた。
今日の日直があわてて号令をかける。
「きりーつ、礼、着席」
入って来たのは担任の花宮 棗先生。
去年この祭囃子小学校に来たばかりの新米の若い女の先生だ。
学生らしさを残した無邪気で明るい先生で、先生というよりは少し年の離れたお姉さんといった感じの雰囲気のこのクラスでも学校中でも人気な存在だ。
かくいう俺にとっても相談しやすいタイプの先生で少し嬉しい気はする。
ただ、この先生、普通の先生とは少し違っている。
というのも無類の怪談、ホラー好きで放課後生徒に頼まれては怖い話をしているみたいだ。
俺は男子と遊ぶことが多いし、放課後は真っ直ぐ帰りなさいと母さんやアンナに言われているからその怖い話…っていうの聞いたことが無いんだよな…
何となく…だけど、棗先生なら…あの黒い雲…見えるんじゃねーのかって思ってる。
まぁ、そんな機会も俺のちょっと自由の少ない家庭環境じゃ聞ける時間が無いけどさ。
「棗先生おはようございまーす」
「はい、みんなおはよう。」
クラス全員であいさつが終わってから先生がクラス全体をぐるりと見てほほ笑む。
出欠確認を軽く済ませてから先生はうきうきと楽しそうにプリントを出す。
「早速だけど、プリントを配ってね。はい、そっちから回して」
何のプリントだろう?と首をかしげていると棗先生と目が合った気がした。
「今日の一時間目はクラスの係とクラブ活動を決めようかと思います。うちの学校では5年生からクラブ活動が始まるのよね。せっかくだから自分の好きなクラブとか興味あるものに入るのを考えてみてね。今決まらなかったら明日の放課後まででも良いからね。クラスの係は今の時間で考えてみましょ。それでは立候補からどうぞ。推薦も良いわよ。」
プリントに書いてあるクラスの係をまず、かっかと黒板に書いていく先生。
その後に俺達児童が好きな所に名前をうめる形だ。
何となく全体的にうまってきてクラスの係はまんべんなく割り振られた。
ちなみに俺は…何とここでもアンナと一緒のお花に水をやったり変えたりする係。
クラスメイトの陰謀…ではなく、だんだんと係が決まっていく流れで自然と決まってしまった。
もう、幼馴染もここまでくると腐れ縁…ってやつだな。
だけど、その係になりたかったのかクラスメイトでもあんまり話さない野神 陽太がじ~っとにらんでくる。
あんまり…っていうか声を聞いたことすら怪しい。
陽太は眼鏡をかけていて、いかにも秀才って感じでみんなが苦手気味な理科とか算数が好きなちょっと変わったやつ。
男子がほぼ全員ドッジとかサッカーする中で一人図書室に行って勉強してるそんなやつ。
そういや、同じく勉強が得意な方のアンナとはどうやらよく話すらしく、それでっていうのもあるのかもしれない。
俺も結構口は悪いけどあいつは目つきが悪いな…
だけど、決まったもんはしょうがない。
いさぎよく諦めてくれよな。
「うんうん、みんなすぐ決めてくれて助かるわぁ。じゃあ残りの時間でクラブも決めちゃえるかしら?…ああ、あと今年から旧校舎のねクラブもあるのよ。それも考えてみてね」
旧校舎のクラブ?って何だ?
陽太も疑問に思ったのか手をあげて先生に質問した。
「先生、旧校舎のクラブって何ですか?」
「今年から校長先生が決めたみたいなの。ちょうど今年で旧校舎が七十周年を迎えるのはみんなも知ってるよね?それで現在通っている児童の中から旧校舎について学んでもらいたいっていう名目で作ったの。旧校舎の中であれば他には好きなことを勉強したり、活動したりして良いみたいだから…ちょっと他のクラブより自由…かな?」
「…なるほど、歴史の勉強を実際触れて学んで後世に残していく…という感じですね。でも旧校舎は危険ではないですか?七十年となると傷みが出ている箇所もあるのでは?」
確かに陽太の言う通り旧校舎は新校舎より古いのは確かだからほこり臭い…かも。
入ったこと無いけど。
実際入ったことあるのは校長先生の世代までじゃないかな…?
歴史的文化遺産として指定されてる位だからな。
「それについては心配無いわ。傷みの激しい箇所はさすがに修理しているし、先生達が入れ替わりで掃除もしてる。私もあそこの管理を任されているから授業以外でもみんなとお話出来る機会があるし心配無いという訳よ。安心して。」
「そうですか…僕、では入りましょうか?」
「あら?陽太君入ってくれるの?ありがとう。」
「はい。僕もちょうど新しい勉強場所を探していた所でしたから。」
「あと二人お願いしたいのだけれど…他にはいない?」
陽太は初めて聞いた時から好印象だったのか即決してしまった。
それと…少し顔を赤くして一呼吸おいてからアンナの方に向き直り…
「アンナさんも一緒にどう…ですか?」
と誘った。
クラスはちょっとざわっとした雰囲気になる。
やっぱりとかさすが~とかひやかしも入ってるけど。
っていうかやっぱりって何だよと何故か、むっとしてしまう。
よく分かんないけど。
当の本人、アンナは隣の席の女子の友達にどうする?どうする?と詰め寄られてる。
あいつは…あいつもこういうの断りづらい方なんだよな。
実際誘われるとは思ってなかったみたいで、困ってる。
優しいのは良い所だけど、いつも断れないっていうのはさすがに可哀相だから…
うん、まぁ、困ってるなら助けてやっても良い…かな。
「じゃあ…俺も。アンナの面倒は見慣れてるし。係まで同じになっちゃったならもうやけくそだよ。俺も旧校舎気になるし、さ…」
とここまで言うと陽太はみるみるうちに眉間にしわが寄って仏頂面になる。
お~…こわ…
あいつ俺のこと嫌い…?
対してアンナは目を輝かせている。
あいつ、俺が居ないとほんとどうなるんだよ…
まぁ、そこが何かほっとけない所…なのかも?
「じゃあ、陽太君、火竜君は決定ね。アンナちゃんも良いかな?」
「…あっはい。良いです!むしろちょっと興味はあったので…」
「良かった。じゃあアンナちゃん…と。あとのクラブは例年通りだから好きなクラブを書いて提出してね。ちょうど時間が来そうね。二時間目は算数だから教科書用意しておいてね。先生は校長先生に旧校舎クラブについて話をしてこなくちゃいけないから次のチャイムまでに席に着いておいてね。」
そう言って一時間目が終わってから棗先生はそそくさと教室を出て行った。
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