0人が本棚に入れています
本棚に追加
「なあ、何でや?苦労もしたけど、ここまで一緒にやってきたやないか。もう心に決めたことなんか?」
たかよが寝静まった後、夫はいつになく真面目な顔になった。よっぽどショックやったみたいや。
「この方がたかよのためや。」
「こんな時の理由付けにたかよを持ち出すのはずるいで」
「そやけど、あんたは世間一般的に見ても間違いなく、父親失格やろ? 違うか?」
「わいは、わいは父親失格…か。」
「そうや。もう35歳なんやから、そろそろ漫才することに見切りをつけて、真面目に社会で働くべきや。前から何回でも言うてきたやろ? それが真っ当な父親や」
「わいから、お笑いを奪ったら一体何が残るっちゅうんや?」
「そんな立派な台詞は売れた芸人が言うもんや。もう手のつけようのないアホで3流芸人のあんたが、今更急に変われへんことくらい、私には十分分かってる。そやから別れて欲しい」
「こんばんわー」
玄関のチャイムが鳴り、ドアホンから声がする。
「はーい。こんな時間に誰?」
「なべちゃんや。これからネタ合わせしようと思って」
「へ? ここで? しかもこんな時間から?」
「そうや。いつも、迷惑かけてばかりですまん。よう分かったから」
「え? じゃ、離婚してくれるってこと?」
「ちゃう。芸人辞めるわ。次のステージで最後や。わいは真面目にもう一度人生をやり直してみる。そやから、……そやから離婚はしないでほしい」
「あなた」
玄関のドアを解錠すると、相方のなべちゃんは、何も知らず明るい表情で部屋に入ってくる。
「ごめんなさいね~。こんな時間にお邪魔して。あれ、奥さん。相変わらず綺麗で」
「いつもステージで私をブサイクキャラでいじってネタにしてますやん」
「ごめんなさ~い。よし、やまちゃん。さっそく新ネタに挑戦や」
「おうよ、なべちゃん。……さて、すっかり暑くなりまして。女性のミニスカートが眩しい季節ですわ」
「ミニスカート、ミニ……ひらひら……風よ吹け!南風よ~!」
「もううるさーい! たかよが目を覚ましてしまうやろ」
やっぱり夫もなべちゃんも手のつけられんアホや。
真面目にやり直す、ってホンマに出来るんか?
最初のコメントを投稿しよう!