11. 二度と会えない

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一方、椿の運転する車に揺られる繭は、痛みに耐えながらずっと考えていた。 一ヶ月前、椿にお別れを告げて椿無しで子供を産み生きていく事を決めた時、そうするためには何が必要か自分に問いかける。 そして真っ先に浮かんだのは、ずっと真面目に向き合ってきた仕事だった。 「……うっ……痛、い……」 「繭さん、あと10分だけ耐えてくださいっ」 「っ苦し……!」 そう言って顔をしかめる繭の瞼の裏には、耐え難い痛みと後悔で徐々に涙が溜まっていく。 生活をしていくためにはお金が必要で、お金を得るためには仕事が必要不可欠。 だから結婚を諦め椿を失っても仕事だけは失うわけにはいかないと決意したし、子供との生活を守るために会社から必要とされる人間になろうと必死に働いていた。 それは同時に、仕事に夢中になればなるほど椿を忘れられている事にも気が付いて、この調子でいけばいずれ思い出さなくなるだろうと思い込む繭。 だけど。 「……ご、ごめんねっ……」 妊娠前のように働いていたから、体調が優れなくても無理していたし。 本当はとても好きなのに、無理して椿を忘れようとしていた。 だからお腹の子は、そんな母親である繭に教えてくれようとしているのかもしれない。 この世は、自分の本当の気持ちに嘘をつき誤魔化しながら無理して過ごしていても、良いことなんて一つもない。 繭の心と体の健康を守れるのは、正直に生きていく繭だけなんだと。 痛みが増すごとにそう叫んでいて、それはお腹に宿る自分の命と引き換えに伝えようとしている気がした。
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