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だからといって、椿に何の相談も確認も無しに身を引くのは、その想いが本物だった本人にとっては結婚も断られ拒絶された気分だっただろう。
そう考えた途端、繭の心は蓋をしていた椿への想いを思い出したかのように、一気に色づいて溢れ出ていく。
同じベッドで一緒に寝たり、初めての母子手帳に二人の名前を書いた日。
メールや電話も良いけど、やっぱり会いたいって思っていたあの頃の繭の想いも本物だった。
そして会社前で腹痛に苦しみながら座り込んでいた先程も、何の連絡も無くピンチを察したかのように駆けつけてくれた椿の姿を見た瞬間。
全細胞が沸き立つように、とてつもなく嬉しかったのを覚えているから。
「……私は……今でも椿さんが、好きです」
「っ……!?」
「好きなのに、一度離れてしまいました……」
別れの電話から約一ヶ月。
椿本人を前に告白を始めた繭は、瞳を潤ませながらもしっかりと向き合うために、涙を流すのを我慢した。
これから大事な事を話そうとしていることがわかった椿も、繭の声に耳を傾けてじっと見つめる。
「……全ての事に自信がなかったんだと思います、椿さんに愛される事も自分が結婚相手になる事も」
「繭さん……」
「だけど椿さんがくれたお腹の中にいる宝物だけは、私だけが頼りの尊く愛しい存在で……」
今はまだ胎児の我が子だけが、臍の緒を通して繭の想いも葛藤も邪念も、全部を知り尽くしている気がした。
同時に椿とは違いお腹の子だけは、繭を必要としてくれている絶対的な唯一の存在だから、迷う事も疑う事もない。
もう、自信が無い故に心を揺さぶられる事に疲れてしまっていた繭だった。
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