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――12時間前。
春もそろそろ後半に突入し、新入社員が加わってから新しい雰囲気が作られ始めた社内。
その中の一つ、総務部にももちろん新入社員の配属があり、現在も数人を育成中である。
「おーい里中」
ランチを終えて、睡魔と戦う社員が多い午後の業務時間帯。
突然部長に呼び出されデスクの前に立たされているのは、通称バリキャリアラサーの里中繭、29歳。
仕事でミスをしたわけでも時間に遅れたわけでもないのに、わざわざ呼び出しなんて何事かと思っていると。
「はい部長、何か」
「お前もうちっと新入社員に優しく接してくれねぇか?」
「……はい?」
頭をかきながら面倒そうな態度の部長が、繭の後輩達に対する指導について忠告してきた。
その内容をよくよく聞くと、もう少し優しい表情で、声で、言葉でわかりやすく丁寧に指導していくように、との事。
つまり業務中の不明点を繭に伺いにきて、冷たい指導を受けたと訴える後輩たちの声が部長の耳に届いたらしく、その部長から繭に指導が入ったという事だ。
「部長、お言葉を返すようですが」
「うわ出た、里中のお言葉返し」
納得出来ない事には上司にも意見をする、それが繭の仕事スタイル。
艶々のミディアムストレートヘアに黒のジャケットとパンツ、7センチのヒールを揃えて真っ直ぐ立つ繭は、顔色一つ変えずに反論した。
「私は迅速で的確な指導をしているつもりです」
「このご時世それだけじゃダメな事もあるんだよっ」
「ですが部長っ」
「お前の能力は新人の時から知ってるし買ってる、だが離職率を上げないためにも頼むぞ」
繭を新入社員の頃から育ててきた部長は、頼りになる可愛い後輩の能力を認めていた。
しかし下から苦情がきてしまっては、管理職として忠告しないわけにもいかなかったのが本音である。
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