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自宅近くの緑あふれる広い公園。 その散歩コースに並ぶベンチの日陰を選んで座っていた繭が、椿との最後になる通話を終えた。 「これでいい、これしかない……」 先程まで、椿との結婚生活と子供の誕生の喜びを分かち合える将来しか描いていなかったのに。 繭が自ら手放した事によって、全ては夢物語となってしまった。 大きなため息をついて脱力した繭は意外と冷静で、午後の青空を見上げながら考える。 "結婚するためよ、椿と" あの時、突然現れた正体不明の凛の言葉を信じていたわけではなかったし、今まで見てきた椿が繭を騙していたとも思えなかった。 しかし妙に納得して身を引いたのは、病院の跡取りとなりうる椿が結婚するには、それ相応の女性が相手でなければならないと思ったから。 椿と凛は外見も家柄も文句無しの二人で、誰が見ても納得する結婚となるだろう。 椿は本当に良くしてくれた、だけどそれは繭が自分の子を妊娠してたという責任感から。 そう決めつけて思い込まないと、気持ちがぐらついて不安定になり、涙が溢れ出てしまいそうになる繭は。 ゆっくりとお腹に触れて、弱った心にエネルギーをチャージすると、強い気持ちを取り戻す。 「ありがとう、もう大丈夫……」 ふりだしに戻っただけで、初診の時点で天川病院以外を選び妊娠が発覚していたら、結局一人で育てる状況になっていたのだから。 ここ最近の、必要以上に繭を溺愛する椿を忘れてしまえば良いだけのこと。 「…………っ」 しかし、どんなパソコンもスマホも全消去には少し時間がかかるもので。 繭はもう少しこの場所に留まることを決め、緑の匂いに包まれボーッと遠くの景色を眺めながら。 静かに一筋の涙をこぼした。
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