人の知らない終わりに

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この公園は色んな人が通る。同じ形をした色違いのものを背中にのせた子供たちや同じ格好を纏いじゃれ合いながら歩く大人には届かない少年少女、朝の整いはどこへ行ったのかというくらい身も心もヨレヨレになっている人々。どうやら駅への近道らしいここは朝と夜に、特に朝に、昼間とは違う賑やかな忙しなさで満たされる。 私はベンチに座り、そんな彼らをのんびり眺めるのが日課だ。今日もまた。昨日もそうしたし、明日もきっとそうするのだ。 そんな私の前で毎朝立ち止まり、わざわざ目線を合わせて声を掛けてくる人がいる。 「おはよう」 ほら、今日もまた。昨日もそうしたし、明日もきっとそうする。 「スーツ、似合ってる?」 時々気まぐれに返事をしてやるが、基本的にはこの人の一方的な行動だ。 「見て! 黒くて格好良いでしょ? お揃いだね」 「委員会で朝からゴミ拾いするんだ」 「部活でレギュラー貰えそうでさ」 「卒業式って結構感慨深いものだったんだな」 「高校初日だからちょっと緊張してる」 「受かってると良いんだけど……ドキドキする」 「昨日内定を貰ったんだ」 「卒研発表の順番を恨むよ」 毎度返事をしない私にこの人は毎朝話しかけてきた。 「今日から俺も新社会人だよ」 今日までずっと。 悪戯な手は温かかった。 私も随分付き合ってあげたと思わないかい? 結構大変だったんだ。 「よし」と活きの良い声の割にゆっくりと立ち上がる姿を、私は見ていた。瞼が重くて困る。 私を振り返ったその人は宙を眺めながら「あー」と少し時間を消費し、それから再び私を見て 「これからもよろしく」 と笑った。 今日もまた私は何も言わなかった。昨日もそうしたし。 その背中が少し離れた頃、恐らくもう届かないだろう声で、私は「にゃあ」と返事をしたのだった。
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