無自覚男子は苦悩する

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「あっつー……」 うちわで顔辺りに風を送りながら、颯斗は1人ぼやいた。 今日は、市内で1番規模が大きい祭りが開催される。普段はそこまで賑わっていない駅に人がごった返しており、見ているだけでもう暑い。 そこでぽつんと立っている颯斗は、時折スマホの時計を気にしては周囲を見回していた。 待ち人は、まだ来ない。といっても、まだ待ち合わせまでは15分ほどあるのだが。 「まだかなー……」 そわそわと落ち着かないために気付いていないが、颯斗はそこにいるだけで女子の視線を集めている。元々顔も良い上、今日は浴衣なのだ。 近くでヒソヒソと相談していた女子数人が、ついに彼に声をかけようとした、その時。 「あ、いたいた!颯斗君!」 明るく柔らかい声が辺りに響き、颯斗はパッと顔をあげた。 見れば、藍色に朝顔が咲く浴衣に身を包んだ少女が駆けてくる。 颯斗も手を振り返し、傍目に見てもわかるほど嬉しそうな顔をした。 「綾香ちゃん!こっちだよ〜」 綾香と呼ばれた少女は颯斗の元へ辿り着くと、ほっとしたようだった。 「良かった、会えた……人多かったから、心配だったんだ。ごめんね、待たせちゃった?」 「ううん、全然。僕も来たばっかりだよ」 それに、と颯斗は首を傾げて、いたずらっぽく笑った。 「浴衣着てる綾香ちゃん見られるなら、例え待ったとしても文句なんて言えないよ」 だから大丈夫だよ!と、冗談のように言う颯斗に、綾香は思わず赤面してしまう。 「ま、待たせちゃったら、浴衣とか関係なく申し訳ない、よ……」 わたわたとして上手く言葉を返せずにいると、颯斗はふいに真面目な顔をして言った。 「ほんとに、気にしないで。それより、……浴衣、似合ってるね」 「…………っ!!!」 今度こそ、綾香の顔が真っ赤に染まった。 ギシッと固まったまま、何も言えなくなっている綾香に気付いているのかいないのか、颯斗は笑顔で言った。 「ほら、行こう。屋台売り切れちゃうよ!」 「焼きそばと、わたあめと、かき氷と……」 「あと、射的もしたよね」 「あ、そうだね!あとは何食べよっか〜」 人混みの中を、2人で歩いていく。 隣で目を輝かせる綾香を見て、颯斗は何となく嬉しくなる。 と、後ろから、綾香の横を数人の高校生が追い抜こうとした。このままではぶつかるかはぐれるかしてしまいそうだ。 「綾香ちゃんこっち……」 綾香が屋台に向けて伸ばしかけていた手を取り、もう片方の手で肩を引き寄せる。綾香は驚いたようで、少しふらついて颯斗の胸にぶつかった。 「わっ」 それをしっかりと受け止め、人の波が落ち着くのを見送る。 一息ついてから華奢な手を離し、綾香の顔を覗き込むと、会ってすぐのときのように真っ赤になっていた。 「大丈夫?」 颯斗が声をかけると、綾香は途端に慌て始めた。 「え、っと、大丈夫!ありがとう」 パッと距離を取って、早口でお礼を伝える。 颯斗はニコッと笑って頷き、何事もなかったように歩き始めたが、綾香はその後ろで小さく呟いた。 「これで無自覚……」 心無しか恨めしそうなその声に、颯斗は気付いていなかった。 それからまあ色々(綾香が赤面したり赤面したり赤面したり)あり、花火が上がる時間が近付いてきた。 この辺りについては颯斗が詳しく、人がいないわりに花火がよく見える場所へ綾香を案内した。 小さな神社の裏、ちょうど2人が座れるようなベンチが置いてある。 並んで腰かけ、まだ静かな空を見上げた。 どこかでセミが鳴いている。 「……颯斗君?」 綾香は、ずっと颯斗から送られる視線が気になり思わず声をかける。 颯斗ははっとした様子で瞬いた。 「あ、ごめんね。あんまり見られても嫌だよね」 「ううん……なにか顔に付いてる?」 おそるおそる綾香が尋ねると、颯斗はなんだか楽しそうに笑った。 「いや、大丈夫だよ。ただ、りんご飴っていいな、って思って」 綾香が握っているは、まだ口を付けていないりんご飴。先程颯斗が買ってくれたものだ。 何度も遠慮したのに、結局買って貰ってしまった。申し訳ないのと同時にとても嬉しくて、ずっと食べられずにいた。 「もしかして、私に買ったせいで颯斗君買えなくなっちゃった……?」 いいな、という言葉の真意が測れず、綾香はそっと尋ねる。 颯斗は正確に誤解を察したようで、すぐに否定した。 「いや、そこは気にしなくて大丈夫。そうじゃなくて、りんご飴持ってるのって可愛いな、って思ったんだ」 その言葉に綾香が赤面するのと同時に、空に光の花が咲いた。 驚いて、2人同時に空を見上げる。 しばらく言葉もなく見入っていたが、綾香が感嘆の言葉を漏らした。 「きれい……」 それを聞いて、颯斗は静かに微笑んだ。 「綾香ちゃんのが、綺麗だよ」 綾香を送り届け、颯斗は家に帰ってきた。 浴衣から着替え、風呂に入り、寝る準備をする。 部屋に入ってベッドに横たわる。 そこで今日1日のことを振り返り、 「……は!?」 颯斗は赤面して叫んだ。 「待って何してんだ自分、可愛いとか言った!?綾香ちゃんに!?てか手も握った……?」 思い出しただけでいたたまれなくなる。告白こそしなかったが、これでは綾香への想いは八割方バレただろう。 「怖い、自分が怖い。何であれを顔色変えずに出来たんだ?」 二重人格とまではいかないが、颯斗にはこういう事がよくある。後から悔やむから「後悔」という言葉があるものの、この域はヤバすぎる。 数時間前の自分は何故あんなにも恥じらいがなかったのだろう。もはや尊敬する。 いややっぱり尊敬しない。あれではチャラいと思われても仕方ない。 ぐるぐると回る思考回路が1度ピタリと止まった。静かに自分の左手を見下ろす。 この手で、小さな彼女の手を握った。 しみじみと手のひらを握り直し、秒速で我に返って開いた。 「いや変態か!」 同じ頃、綾香も枕に真っ赤な顔を埋めているとは知らず、颯斗は頭を抱えた。
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