魔王城は本日も平和です。

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 ――やべ、寝過ぎた。  自分の腹の音で目を覚まし、俺はそのままベッドの上で大きく伸びをする。  ここ最近はカイネが起こしに来ていたのもあったからだろう、こんなにぐっすりと寝たのは久し振り……でもなかったか。  それにしてもカイネのやつ、そろそろ折れて起こしに来ると思ったんだがな。  まあ、俺から来るなって言ったんだけどさ。  いつもだったらあいつは何言っても折れねえし、しつこいくらい付きまとってくる。だからだろう、流石に命落としてまで一人でここまで俺に会いにきたというカイネのことを考えたら、もう少し優しくしてやっとくべきだっただろうか、と考えた。  いやでもあいつ、すぐ調子に乗るしな。  なんて思いながら俺は上に服を羽織り、そのまま空腹を満たすべく食堂へと向かうことにした。  その途中の通路。 「よお、ルーナ」 「ズハオ……と、カイネ?」  通路の奥、丁度目の前の扉から出てきたズハオの奥、ちらりと見えた長めの緑髪に思わず声をかければ、そいつはびくりと肩を震わせるのだ。 「っ、……! シ……ルーナ」  こいつ、まだ俺のことをシンって呼ぼうとしたな。なんてことはさておきだ、何故かいつもとは違うカイネの反応に違和感を覚えた。  いつもだったら目をキラキラさせてこっちを見上げてくるってのに、今は俺の目線から逃げるように俯いてる。  ……というか、こいつこんな雰囲気だっけ?普段と違って髪を下ろしてるからそんな風に見えるのか。  というか、 「なんだ、ズハオと仲良くなったのか」 「ああ、まあな。お前がカイネのこと心配してたから、お前がお昼寝してる間は俺も面倒見ようかと思ってさ」 「…………」 「なあ、カイネ」 「……っ、……あぁ」  ズハオに肩を掴まれたカイネはそのままびくりと肩を震わせた。さっきからやたら大人しいし声も少し枯れてるし、顔も赤い。 「なんだカイネ、風邪でも引いてんのか? 声枯れてんな」 「っ、! シ……ルーナ……っ」 「体温も高いな」  気になってカイネの前に回り込み、その額に手を伸ばす。すると顔を真っ赤にしたままぎゅっと目を瞑るカイネ。 「お前、まだ魔族じゃねーんだし無理すんなよ。ズハオは体力馬鹿だからまともに付き合ってたら疲れるだろ」 「体力馬鹿って。ヒューゴ君に比べたら大したことねえけどな、俺」 「アレは規格外だって。……カイネ?」  そのまま手を離そうとすれば、きゅ、と俺の手を握ったカイネ。まだなんか言いたいことでもあるのだろうかと視線を落とせば、そのままカイネは俯いた。  ……普段はうるせえやつが大人しいってだけだ。分かってるはずだが、何故だろうか。そんなカイネを見た瞬間、ぞくりと背中が疼いた。 「……なんだ、甘えてんのか? カイネ」 「はは、弱ったら人恋しくなるっていうもんな。……ま、丁度良かった。俺そろそろ仕事に戻るから後はルーナに付き合ってもらえよ」  な、とカイネの耳元に唇を寄せたズハオがなにかをカイネに囁きかけた瞬間、カイネの表情が強ばるのを見た。  が、それも一瞬。ズハオを無理矢理振り払ったカイネは、そのまま逃げるように俺の元へと逃げてくる。 「振られたな」とからからと笑ったズハオは「じゃな、ルーナ。……カイネも」と手を振り、そしてそのまま俺とカイネを残したまま持ち場の門の方へと戻っていくのだ。 「……なんだ、俺が寝てる間に随分と仲良くなったんだな」  ズハオが立ち去ったあとの通路。  離れ難そうな顔をしたカイネを見下ろせば、カイネは「そんなんじゃない」と掠れた声で反論してくる。その顔にはありありと不満が浮かんでるが、こいつは基本誰にでもそうだった。  お陰で昔からよく女子に怖がられていたし、子供に泣かれていた。どこぞのモブに転生しても、表情や話し方はアイツそのものなのだから不思議なものだ。 「……ルーナ、飯に行くのか?」 「ああ、そのつもりだったけど……」 「……?」 「……お前、体調悪いんだろ? 部屋まで送る」 「え……」  驚いたように目を丸くするカイネ。次の瞬間、背中から二本の太い触手がめり、と生えてきた。そのままそっとカイネを掴み上げた瞬間「うわっ!」とカイネが一際高い悲鳴を上げた。 「なんだ、お前そんな声も出せるんだな」 「やっ、お、降ろせってシン! や、いやだ、これ……っ!」 「そんなに触手が嫌いか? 見た目はあれだが、慣れればなんてこともないぞ」 「っ、ゃ、いやだ……っ、シン……」 「……はあ、せっかく運んでやろうと思ったのに」  俺の体に腕を伸ばし、必死にしがみついたまま触手から逃げようとするカイネを見てると、なんだか虐めてるような気分になってきた。  まさかここまで拒否られるとは。心なしか触手も萎れてる。  仕方ないな、とひしっとしがみついてくるカイネの背中に手を伸ばした。  そして、 「……っ、し、シン……っ?!」 「おんも……ッ、……は、ヒューゴの言ったとおりだ、日頃こっちの筋肉も使わないとな……」 「な、なにして……」 「見てわからないか?」  すくすくと育ち盛りのカイネの体を抱き抱えたまま俺は「お姫様だっこ」と呟いた。瞬間、ぼぼっと更に顔が赤くなるカイネ。  これは照れてるのか。もしかしたらまた拒否られるかも、と思ったが、意外なことに今度はカイネは大人しかった。  何かを言おうとパクパク口を開閉させては、諦めたようだ。そのままぽすりと人の胸へと体を預けてくるカイネ。その重みについよろめきそうになったのを足元の触手たちが支えてくれた。 「……なんだ、これは嫌がらないんだな」 「……っ、ん、……だって、お前だし……」 「どっちも俺だけどな?」 「分かってるけど、ちげーんだよ」  すり、とこちらにくっついたまま目を閉じるカイネ。先程までの緊張も解けてきたようだ。そのまますやすやと眠り始めるカイネに「冗談だろ?」と思いつつ、こうなったら仕方ないと腹を括ることにした。  飯は部屋に運ばせよう。  ……てか、こいつが眠ってる今なら少しズルしてもバレないんじゃないか?とカイネの体に触手を伸ばそうとして、やめた。 「はあ……ヒューゴに稽古つけてもらうか」  こんな退屈しのぎ、健康になってしまうな。  そんなことを考えながら、俺は幼馴染を抱き抱えて部屋まで送り届けた。  END
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