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冠木深夜、十八歳。
ひょんなことからトラックに撥ねられ死んだと思いきや、気付けば俺は見知らぬ世界とやってきていた。まあいわゆる異世界転生ってやつだ。
――某日某所。
魔物軍に占領され、退廃したこの世界のどこかに聳え立つ城の中。俺のために用意されたその一室でいつものようにソファーに寝転がりながらテレビを見ていた。因みにこの世界には電力はないため、このテレビは魔力で動いてる。写ってるのは魔界で大人気らしいお笑いチャンネルだ。
それを見ていたときだ、いきなり部屋の扉が吹っ飛ばされたと思いきや、派手な髪の男が入ってきた。
「ルーナ、また寝てるのか! たまには外に出て運動でもしたらどうだ? そんなんじゃ鈍っちまうだろ、体」
鍛えられた筋肉をこれでもかと見せつけるようななかなか際どい露出度の服を身に着けたこの男は魔王軍四天王の一人、ヒューゴだ。
淫魔だというが、エロいことよりも筋トレしてる方が好きだという男である。この男はなにかと俺の筋肉を心配しては、人の楽しい引きこもりライフを邪魔してくるのだ。
「お構いなく。俺はこうやって魔力を補充してるんで」
「お菓子食いながらか? ……はあ、ルーナ変わったな。死ぬ前はあんなに活き活きしてたのに」
「……」
ああ、言い忘れていた。
ルーナ、というのは俺の転生先の名前だ。そして、ここは魔王城。
ルーナは魔王軍の四天王の一人である悪魔だったが、色々あって死んでしまったらしい。
魔物の死は即ち魔力が尽きしまったときのことを指す。魂が消滅し、魔力が尽きて肉体までも朽ち果てるのを阻止するために適当な魂を召喚し、応急処置としてこの肉体に宿した――そしてその際に選ばれたのが俺だったってわけだ。
「……っと、悪ぃ。悪く言うつもりはなかったんだ。けど、触手たちもほら、ただのお菓子を摘む腕代わりに使われるだけだったら可哀想だろ?」
そう、丁度ポテチのような薄く潰され焼かれた菓子を摘みあげていた一本の触手。それをそのまま口元へと運ばせ、そのまま俺は背中に開いた傷に触手を仕舞った。
ルーナは本来触手の悪魔だったらしい。名前の通り、背中に入った亀裂からは肉色の触手を太さ長さ自由自在に引き摺りだし、それを手足のように動かすことが可能だ。とはいえどこれが便利なもので、触手と俺の神経は繋がっていないので触手を叩かれたところで痛くもない。
「って言われても、ここのところ“仕事”だってないじゃないですか」
「まあ、もう俺たちにやられることなんて勇者君たちが強くなってくれるのを待つしかないからな~」
――そしてそう、ここは魔王軍に支配されたあとの世界だ。
時折冒険者たちが魔王城に遊びに来るようだが、モノ好きの門番の鬼が一人で相手してくれるお陰で俺たちはもう城の中で遊ぶくらいしかないのだ。
というわけで、俺はそんな最高な環境に甘んじてた。
「てなわけで俺は二度寝しますんで飯のとき呼んでください」
「っておい、あっ、こら触手で俺を追い出そうとするな! ルーナ!」
「おやすみなさーい」
縄状に伸びた触手でヒューゴを捕まえ、そのまま部屋の外まで引っ張り出す。
またヒューゴが顔を出すよりも先にばたんと扉を閉め、そのまま施錠の魔法も掛けておいた。暫く外からヒューゴが扉を叩き壊そうとしていたが、ルーナの魔力は大きい。幸い魂と器の相性が良かった俺はその魔力を最大限利用することができるらしいので、ありがたく使わせてもらってた。
静かになった部屋の中。
しゅるしゅると背中に収まっていく数本の触手。背中を軽く擦り、俺はそのまま起き上がった。
「……はあ」
ここに来てどれほど経っただろうか。
最初ここにきたときはあんなに早く現実に帰りたいと思ったのに、住めば都というやつなのだろう。今ではすっかりこの環境に慣れきってしまっていた。
――ここは数ある異世界の中でも女が存在しない世界、らしい。
異世界と聞いたら美少女ハーレムだの美少女モンスターだの胸を踊らせていた俺も、見渡す限りの男・男・男・たまにショタの環境に慣れてしまっていた。
どうやってここまで繁栄していたのか気になったが、人間の中に女の代わりに適応種というのがいるらしい。人の子も魔族の子も孕めるという都合のいい器、その器に種を出せば産むのだという。流石ファンタジー。
まだ見た目も女に見える適応種ならいざ知らず、見た目も野郎だから捕虜としてやってきた適応種を見てもモチベが上がらない。
ヒューゴのやつは淫魔のくせに猥談もすぐ照れるし、四天王の他二人は……まあ、割愛。
適当に昼寝して、そろそろ街に可愛い子でも産まれてないか見に行くか~。
なんて思いながらそのまま俺は目を閉じた。
そして間もなくして、扉が叩かれた。
「お昼寝中でーーす」
『ああ、そんなところだと思ったよ。なあ、ちょっといいか』
「…………ズハオ?」
ズハオというのは普段門番をしてる鬼だ。この魔王城の中では一番気が合い、やつはこうして『面白そうなこと』があると俺にこっそりと教えてくれるのだ。
ソファーから飛び上がった俺はそのまま扉を開く。そこには紫色の髪のチャイナ服の男がいた。一見したらただのド派手なにーちゃんだが、額の右側から皮膚を突き破るように生えた角が人間ではないと人目で教えてくれる。
「よ、おはよーさん」
「ズハオ、どーした?」
「捕まえた捕虜のことで気になることがあってさ」
「捕虜? なんだ、すげーかわいい子でもいたか?」
「まあ可愛いっちゃ可愛いけど、それよか気になること言っててさ」
「気になること?」
「お前、確か魂の方の名前――シンヤだっけ?」
「……ああ、そうだけど」
「『シンヤに会わせてくれ』ってしつこいんだよな。魔王様じゃなくてわざわざ引き篭もりのお前指名するし、人間のくせにお前の真名知ってんの気になってさ」
「――それは」
「会ってみるか? 別に会う気ないならこっちで遊んどくからどっちでもいいんだけど」
そう、ズハオは口元を緩める。ほんの一瞬その目が鋭くなるのを見て、咄嗟に「いや」と声が出ていた。
「会ってみる。……地下にいるのか?」
「ああ、そうだよ。……じゃ、鍵渡しとくな」
「え、お前はこねーの」
「門の様子見に行かねーと。ちょっと上開けすぎてたから四天王様に怒られないようにしねえと」
俺も四天王様なんだけどな、というツッコミはズハオには届かなかった。
「んじゃな~、一応抵抗しないようにしてるけど気をつけろよ」と雑な忠告を残して部屋を出ていくズハオ。おーとだけ手を振り返し、俺はズハオから受け取った鍵を見詰めた。
ここにきて長らく呼ばれてなかったせいか、自分の名前も忘れかけていた。
それにしてもなんなのだ、本当に俺を知ってるやつなのか人違いか?
――まあ、この目で確かめればいいか。
俺は背後でそわそわと揺れていた触手に鍵を手渡し、そのままずるずると触手を引きずりながら部屋を出た。
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