マゼさんと私のお約束

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 マゼさんは少しおっちょこちょいな魔女だった。私がまだ薬屋の手伝いで母と一緒に通っている時から、同じようなやりとりをしているのだ。  こちらも薬を混ぜている途中ではないようにと気を付けてはいるのだが、数回に一度、同じような事態に陥る。そして、そろそろ、娘も一緒に連れてこようとは思っているが、まだそれはマゼさんには言っていない。 「マゼさん、一つずつ……そうですね。昨日の夜から煮込んでますよね、これ。そこから始めましょう」 「はい……」  集中が切れていないととても優秀な薬作りの魔女なのだ。それに、山奥にすむ呪術の魔女アイボリーと違い、可愛げもあるから、憎めない。 「まず、昨日は……」  マゼさんが話し始める。  昨日は魔女の集会があって、アイボリーから薬を頼まれて、夜の森にまずその薬の元となる流れ星の涙を探しに出掛けた。  しましま梟と三毛猫も連れて、道に迷わないように。  森のどこかに突き刺さってしまった流れ星を、まず探したそうだ。  耳の良い三毛猫が流れ星の泣き声を聞きつけ、そのまま歩いて行くと、えんえん泣いている流れ星に出会った。  毎晩一つは必ず落ちているというのだから、魔女にとってそれはあまり珍しいものでもないのだろうが、私にとっては、とても不思議な薬の元だった。 「小瓶に詰めて、その棚に」 確かに、銀色を鏤めた液体の小瓶があった。 「これは、この中に入る予定でしたか?」 「いいえ。だから、すぐにトニさんの薬を準備しないと、と隣にある『山狼の宝物』を取って……」 「入れました?」 マゼンダが大きく肯く。  それから、水分を飛ばすために火を立てて、あぶり出し、粉になったところで竜のおしっこ、のようなものを入れたそうだ。  仕入れ先は、山向こうの氷の竜らしい。 「今回の高熱を下げる薬は、これが一番良いのですよ」 きっと、私達人間の感覚に言い訳してくれているのだ。本当によく利くから、これは、薬屋としての企業秘密ではある。成分表には『竜の濾過水』と書いてある。  多分、人間のそれとはきっと違う。  それに、こんなことを気にしてくれる魔女はマゼさんくらいだ。呪術のアイボリーも川向こうの魔術のシアンも、私達を下に見て、いらんのならやらん、とはっきり言われる。  そして、彼女たちを怒らせると怖い。呪術も怖いが、魔術など岩を落としてくることもあるのだから。 「その次に入れたのが、渋柿の木肌で、木イチゴを50粒。あ、蛇は入れていないので、ご心配なく」 「心配していませんよ」 蛇とは、ヘビイチゴのこと。  薬効が全く違うのだそうだ。どちらかと言えば、毒に繋がるそう。 「そこで、弱火にして、仮眠を取りました。5時間ほど煮込まなくてはなりませんので」 そして、あっ、という表情を浮かべた。 「分かりました。煮込んだ後にトニさんが来られたのです」 慌てて起きて、自分が何をしていたのか分からなくなったそうだ。 思い出したマゼンダは、にこにこ笑いながら、既に私がいないように棚へ向かい、鼻歌を歌いながら様々な薬の元を入れていく。  最後は呪文。誰でも言えるのに、マゼンダが言わないと何にもならない。 「皆さまが健康になりますように」 小さな手を大釜の上に翳し、ピアノの鍵盤を軽く叩くようにして指を動かす。釜の中が白や金の光に満ちて、最後はポコンと桃色の光を吐き出す。  桃色は、優しさの色。以前、母に教わった。 「冷ましてから小瓶に詰めていきますから、お茶を淹れますね」 マゼさんがにこにこ微笑み、私に言うと「トニさんはどんどんキカに似てきましたね」と優しく私の頭を撫でた。  頭を撫でられるなんて、いつぶりだろう。そう思い、白い物が混じり始めた黒髪を見つめた。
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