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出会い
恋人ばかりが占めている訳ではない。なのに、私の目には二人組ばかりが映る。近道になるから――そんな理由で華やかな商店街を通勤に使っていた。けれど、今日だけはやめておけば良かった。
溜め息が自動放出されたところで、前から声が聞こえてくる。
「お姉さん、恋愛もできるAIスピーカーって興味ありませんか?」
幸せな二人ばかり捉えていた目が、やっと単体を捉えた。にこやかに立っていたのは見知らぬ男だった。
手には小さめの紙袋が提げられている。着こなされたスーツと短い黒髪が、セールスマンを語っていた。
あ、これ押し売りされるやつか――反射的な予測で憂鬱に磨きが掛かる。付け入れられる前に『ありません』と突っ跳ね、足並みを早めた。
だが、相当教育されているのか、男は横並びになり追いかけてくる。それも涼しい顔で。印象的に曲がる口角が恐ろしかった。
「今ね、試作品をお配りしてるんですよ。お姉さん、寂しくなる時はありませんか? そんな時、慰めてくれたり話を聞いてくれる相手が欲しいと思ったことは?」
拒絶とは裏腹に、心が真っ向からyesを回答する。きっと彼は、私が独り身の寂しい人間であると、確信し声を掛けてきたのだろう。
事実、私は三十二年も生きながら、婚期を逃してばかりの寂しい奴だ。つい昨日も、六度目の恋を逃がしている。
どうしてかいつも、相手から別れを切り出された。それも具体的な理由は濁されて。私の何が駄目だったのか、答えを開示してくれる人は誰もいなかった。
直せないのに、上手くいく訳ないじゃない。見えない原因を恨みながら、失恋の傷を修復中である。
けどまぁ、AIなら教えてくれたりするのかな――。
数珠繋ぎのように、思考が肯定へと到着した。夢中になったところで、正規版を買わせるみたいな感じかな。なんて適当に展開をこじつけてみる。
「要らないと思ったら返却して下さればいいですし、一度使ってみて下さい。で、もし気に入ればここに葉書入ってるんでご意見を頂けますか」
袋の押し付けに、笑顔の圧が加わり受け取ってしまう。拒む暇もなく、男は自然と離れていった。
傷心と疲れが、思考を抑制する。
まぁいっか。買わなきゃいいんだし。
隙間から覗くAIの姿は、小さくて可愛らしかった。
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