1/1
前へ
/9ページ
次へ

ばちばちと雨風を切って突き進む、この瞬間が大好きだ。 あたしはコックピットのスロットルレバーを引いた。確かな手ごたえと共に、どひゅん、とエンジンの唸る音がシート越しに響く。フットペダルを踏み込む。コンソールパネル周囲では、様々な計測器が暴れまわっている。 わかってる。こいつらは、そこそこの仕事ならちゃんとしてくれる。仕事してるように見せかけてんじゃねーぞ、なんて苛立つのはお門違いだ。 小型輸送機の操縦桿を握り直す。 肘の付け根から手首にかけて入っている入れ墨の肌が、むずむずした。 ぐうんと何かに引っ張られるような、何かを手繰り寄せているような。とにかく、この先だ。この先に、あたしの目指す場所がある。 注意深く操縦桿を操って機体を操作する。 途端、警告音がびーびー鳴る。知らんよ。あたしが、いける、って言ったらいけるんだから。黙っとけ。 空が荒れれば荒れるほど、このみょうちきりんな感覚は、強く、鋭くなる。 空飛ぶ乗り物って本当にすごい。輸送機も、計測器も、とんでもない科学の粋を集めた結晶みたいなものだ。 なのに、あたしは、あたしの入れ墨がもたらす感覚のほうを信じて飛ぶ。 この狂気の沙汰を計測器にぶち込んで数値化するのは不可能だ。だから、人には決して話さない。言ったって、面倒事が一つ増えるだけ。十八歳、輸送機乗り女子の浅知恵だ。 見えない何かと格闘を繰り広げるうちに、ふっつりと機体の揺れが収まった。 雨に濡れてぼやぼやした風防越しに外を眺める。 イニの島が見えた。まだ油断はできない。でも、すごく、ほっとした。今日も、ちゃんと帰ってこれた。 あたしは、悪天候の日によく駆り出される。悪路であっても長距離輸送での荷物のロスト率は、部隊の中で一番低いから。 必要とされるのは嬉しい。けど、恋人のキースに言わせると、体よく使われているだけだという。 最近、キースと意見が食い違うことが多くなってきた。 なんでだろう、と心にもやもやしたものがひろがっていく。 しばらく景色を眺めるうちに、まあいいや、という気になってきた。あたしは根が単純で、気が利かない。人を苛立たせるところもあると思う。まあ、ぶっちゃけた話、今みたいにちゃちゃっと結論づけちゃうところも。 そのままぼうっと景色を眺めた。 いつのまにか雨はやんでいた。 昼間なのに空気の色が淡い。 幾重にもかかった雲のフィルター越しに届く昼の光は、やわらかくて、透き通っている。 きれいだ。 空には、あたしの好きなものが、たくさんある。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加