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 三ヶ月後。 「お客さんですよ」と受付から電話がかかってきた。 「えっ誰ですか? 特に約束ないですけど」 「キタガワトウリさんだそうです」  嘘だろ。なんで直接来るんだよ。 「いや、ちょっと待ってくださいよ。外出って言ってくれます?」 「あー……でもあの、いま目の前にいらっしゃるんですけど」  仕方がないので、エレベーターでロビーまで降りた。柱の影に隠れて受付の早川さんを見ると、早川さんが目配せして……もう見つかった。ロビーの商談スペースに所在なく突っ立っていた髪の長い女と目が合った。女は僕を見て満面の笑みを浮かべ、そしてロビーにいた誰もが振り向くくらいの大きな声で、「坂原さん!」と言った。「どうも、よろしくお願いします!」  それがキタガワトウリだった。顔は一見幼く見えるが、三十代か、あるいは四十代にも見える女性。ストレートの黒い髪は長く、腰近くまで伸びている。ややエラの張った顔立ちで、痩せている割には大きい目が、何だか爛々と輝いて見える。そこに貼り付けたような笑顔。野暮ったいカーテンのようなワンピースを着て、手には原稿を入れる大きな平べったい黒い鞄を提げていた。  そして、匂い。彼女からは、濃厚な花の香りが漂ってきた。香水なんだろうが、これではまるでトイレの芳香剤みたいだ。
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