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犬を飼う
「犬を飼おう」
母は、こたつでうずくまる私に、そう言った。
当時、小学生だった私は恐ろしい腹痛に一日を費やす日々が続いていた。原因は担任による、怒鳴り声のストレスだ。
それ以来、私は家から出ることはおろか、トイレから出ることもままならなくなった。そんな私を見かね、母が「犬の散歩なら外に出る習慣がつく」と思ったらしい。
私は、その前にも犬を飼っていた。
先代の犬は、私が物心ついた時からすでに老犬だった。ふさふさした立ち耳の小型犬で、白内障で目は白く、若い頃は黒と白だった毛並みも、殆どが白くなっているおじいちゃんだ。元々は母の妹の犬であり、母の実家で飼われていたのだが、実家を処分した際うちで預かることになったのだ。
先代は、人懐っこいわけではないが、とても穏やかな犬で、目が見えなくなっても、耳が聴こえなくなっても、唸ったり噛み付いたりすることがなかった。のっそのっそと歩いては、ゴツン、と壁にぶつかり、また方向転換して、のっそのっそと歩く。今思えば、かなり勇敢な犬だった。
だが、先代との別れは、ある日突然訪れる。母の妹が、なんの前触れもなく引取りに来たのだ。
その時、私はひっくり返って泣いた。あまりにもショックで、その癇癪をおさめるために、しばらく先代が使っていたタオルを、パジャマの中に入れて寝ていた。
そして半年ぐらいして、前代が亡くなったことを知った。
「犬を飼おうか」
母が提案した時、私の頭に浮かんでいたのは、先代だった。
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