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【プロローグ】
空を見よ――そこには世界を照らす太陽も瞬く満天の星もない。
大地を見よ――新緑が萌えていた森もすでに枯れ果て小さな虫すらいない。
海を見よ――生命を育んできたあの青い海の姿はもはやそこにはない。
ここに広がっているのは積み重なった灰と瓦礫と至る所に残されたクレーター。ここでは川のせせらぎも、動物たちの声も、街の喧騒すら聞こえては来ない。ひたすらに淋しい情景が地平線の彼方まで続き、ただただ風だけが煩く鳴り続けている。
その風に地上に積み重なった灰は舞い上がり、やがてそれは灰色の風となってまた別の場所へと灰を降らせる。
――触れるものを“死に至らしめるほどの有害物質を含んだ灰”。
それがゆっくりとこの世界を灰色へと染め上げていく。
青く澄んでいたあの空には、べったりと張り付くように雷を孕んだ厚く低い雲が唸るように蠢き、さらにその雲の上では大量の塵が太陽の光さへも遮ってしまっている。
故に、この世界には眩しい朝が訪れることはもうないのだろう。昼でもここはひたすらに薄暗く、夜には美しい光を投げかける月も、一つの星さえも見えず、ただ漆黒の常闇が支配する世界と化す。
こんなところでは植物もまともには育たない。ましてや、有害物質を含む降り積もった灰によりこの大地や海はすでに汚染され、この地球上の生物の殆どがすでに死滅してしまった。
あの青かった海は、捨てられた“それらのなれ果て”が次第に腐り、混ざり、そして悪臭を放つドロドロとしたものとなって今では海面をまるで黒い大蛇の様に漂っている。
ここは、腐臭が蔓延り空からは死に至る灰が降る誰もいない世界――“誰もいられない世界”。
そう、ここは言わば――“死の世界”――そのものなのだ――。
だが、そこにもまだ微かに生き続けているものがある。それは、たった一種この世界に残された“小さな白い花”。
それが、この死に至る灰に塗れた瓦礫の隙間や荒涼とした大地の所々に、健気にも群生している。灰色の風に揺れながらその小さな白い花たちは、己が存在を誇示するが如く、青白く淡い光りを宙へ放ちながら咲き続けている。
誰かに認められることもなく、愛でられることもなく、それらは有害物質に汚染された固い土中に根を張り、薄暗い厚い雲の下であっても懸命に葉を伸ばし花を咲かせている。ただ、生き残ろうと繁殖を続けている。
ただ、必死に生きようとしている。
まるで、この死の世界に残された――たった一つの希望であるかのように――。
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