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――「記憶が、無いんだね?」
思考を遮るように聞こえたその言葉に、僕はハッとして声がした方へと目をやる。すると、僕が横たわるベッドのすぐそばには防護服のようなものを着ていた男の他に、タブレット状の端末を脇に抱えた一人の男がいつの間にか立っていた。
真っ白な白衣に身を包み銀のフレームの眼鏡を掛けた長髪のその男は、僕に向かいとても心配そうな表情を浮かべている。
「君のその様子を見る限りだけれど、“あんな大きな事故”に巻き込まれたんだ……。一時的に記憶を無くしてしまうのも無理はないだろう」
突如として目の前に現れたその男に、記憶についての事を言い当てられた僕は、唖然として声も出なかった。
「おっと、そういえば自己紹介がまだだったね」と、その男は胸ポケットからぶら下がっていたネームプレートを僕へと見せ微笑んだ。
「私は横峯隆司。この病院で君の主治医を担当している者さ。いやぁ、嬉しいよ。やっと君が目を覚ましてくれて。君にとっては初めましてかもしれないけれど、なんせ私はもう半年の間、君の治療にあたっているからね、君の事はそれなりには知っているつもりさ。一方的になのが少し申し訳ないけれどね。まあ、とりあえずのところは安心してくれていい」
――「君は、もう大丈夫だから」。
その言葉を聞いた瞬間、僕の目からは不意に涙が零れ出した。
自分が今どこにいるのかも、自分が何者かさえもわからないこの状況下で、僕はその一言にとても救われたような気がして、自分を助けてくれる人が目の前にいる、それが僕にとってはあまりにも心強くて嬉しかったんだ。
気が付くと、僕はその横峯先生という主治医の腕の中にいた。
「今はきっと混乱することが多いと思うけれど、記憶はそのうちに戻るかもしれない。焦らないでいい、一緒に治療をすすめていこう。だから大丈夫、大丈夫……」
先生の手が優しく頭に触れている。そうして、先生は僕が落ち着ちを取り戻すまでの間、優しく僕を抱擁しそうして頭を撫でていてくれた。
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