ベストチャンス・ワーストタイム

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志保(しほ)、車で送るよ」 明日の卒論発表会に向けての準備は、思いのほか時間がかかった。 ゼミ室には私と貴矢(たかや)くんの二人だけが残っていた。 レジュメを印刷したり、スライドのデータをパソコンに入れたりしているうちに、こんなに遅い時間になってしまっていた。 貴矢くんは、車で送ってくれると言う。 どうしようか迷った。 バスと電車を乗り継いで帰ってもよいのだけど、家に着くのはいったい何時になるのだろう。 貴矢くんは、同じ研究室で仲良くしてきた仲間だ。 友達以上恋人未満、と私は勝手に思い込んでいる。 お互い、就職活動や卒業研究で忙しい毎日を過ごしてきた。 私はなんとなく、貴矢くんのことが気になっていた。 そして、貴矢くんの方も私に好意をもってくれているのではないか、と私は思っていた。 男の子が運転する車に一人で乗るのは危ないかな、とも思ったけど、これを機会に貴矢くんと仲良くなって、交際にまで発展できたらいいな、なんて、これまた都合の良い妄想が浮かんできてしまった。 「……うん。ありがとう。お願いしようかな」 二人で、大学の駐車場に向かう。 すっかり夜になっていた。 車はほとんど停まっていない。 「貴矢くんの車って……」 まさか、あれ? 「今日、遅くなりそうだったから、親父の車、借りたんだ」 私達の目の前には、長い間洗っていなさそうな、泥だらけの車があった。 貴矢くんはかっこいいから、きっと車もかっこいいんだろうな、なんて思い込んでいた。 ちょっと期待外れだった。 でも、私は送ってもらう身だ。贅沢を言っている場合ではない。
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