1. 契約

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 今日は午後から制服を私服に着替え、時折目に映る景色にスマホのカメラを向けながら、特に目的地も決めずに歩いていた。 途中ドーナツショップで休憩しつつ、このあと学校に戻るまでの時間潰しのため街中をぶらついていたのだが……別の言い方をするなら『午後からの授業をサボった』とも言う。 どうして学校に戻るかって? それはまぁ……ちょっとした隙を突くため?  街角にスマホのカメラを向けるのはSNS目的以外にも、今後絵を描く時の参考にするために撮影しているものだ。美術科に通う蓮香にとっては日々のちょっとした場面がシャッターチャンス……なんてかっこつけるわりに、絵はあまり描く気になれないのが本音だ。 ……だっていまいち楽しくないんだもん。そうは言ってもね、一応美術科への進学を選んだからには描かないとね。そう思って義務的に描いている。 授業もサボらずに真面目に受けないと、って? それは……やむにやまれぬ秘密の事情があるわけよ。はぁ~、午後の授業2コマだけじゃなくて部活もサボっちゃった。どうせ部活では絵を描くだけなんだもん。気が乗らない。 ――なんて鬱々と考えていると、 「ねぇ君、ごめんね。悪いんだけど、ちょっといいかな?」 そんな男性の声が耳に届いて蓮香は思わず顔をしかめる。 第一印象。 どうしたその声……ガラッガラ。枯れすぎ。 ……なんて言ったら失礼なのはわかっているからもちろん言わなかった。 枯れた声と不釣り合いと思えるほどに男性の口調は優しげだったから、無視するわけにもいかず…… 呼び止められたその声にやや遅れて蓮香はそちらへ振り向いた。
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