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だが、それを躊躇うには理由がある。蓮香は空手の有段者だ。
仮に相手がズブの素人であったならば、『武道を安易に行使するな』とあちらこちらでこっぴどく叱られるのは目に見えている。でもそれがすごく理不尽だと感じる。
だってね、じゃあどのタイミングになったらOKなわけ? って聞きたくなる。向こうが手を出してきたら? それってとりあえず一発食らう危険性もあるってことじゃない?
それに手を出されるってどの程度のこと? 無理矢理引っ張られてるのは手を出されてることにならないの? その曖昧さを考えるのが非常に難しくて面倒だ。
許されるならそんなもの無視したい。だってもしも刃物なんかが出てきたら……? そう考えるとゾクッと背筋が震える。
そんなふうに迷っているうちに「こっちこっち」と強引に手を引かれて連れていかれたら……もうどうしようもないと思わない?
意外なことに、着いた先は案外普通っぽい店。よくわからないけどちょっとレトロな喫茶店? 何、本当にただお茶する感じ? なーんだ、とちょっと気を緩めていると、店主と思われる人に挨拶をしたしわがれ声の男は、来たばかりなのにすぐに店の裏口から外へ出る。
気が付けば、あっという間に落書きだらけの高架下に早変わり。
……怪しさ8ってとこかな。
「ねー、どこ行くの? 離して」
「もうすぐ着くよ」
ガラガラ声でニコッと笑うその顔が、あら不思議、どんどん怪しく見えてきた。
そろそろ手を出してもいいかな。いや、でもお父さんに迷惑が……。周りを見回しても人気が全然ないから助けを呼ぶにも人がいない。
あーもう……こうなったら仕方がないと覚悟を決めて、それと『もしかしたら1回分消費しちゃうかな』っていう覚悟も決めるしかない。
そうと決まればちょっとした好奇心。この先にどんな秘密があるのか。
無鉄砲?
そういうわけじゃないの。言うならば……社会貢献?
それと100%『あの人』が信用できるっていうだけ。
……信用? なんか違うな。まぁ何でもいいか。
そして今、とあるビルに連れ込まれ、地下に入ってその先のドアを開けて、そのまた向こうの扉を開いて見えた光景に、蓮香は顔を引きつらせた。
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