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日が昇り、空が白々と明け渡ってきた。
その日も、ヨナはアカシアの硬い杖をつきながら、陸から海に突き出た小高い山に登った。山の頂から玄界灘を一望できるからだ。 初夏の潮風が、ヨナの高い鼻と赤ら顔を心地よく撫で、白く豊かなあご髭を梳く。
ヨナは鏡のように煌めく海を見渡し、深いため息をつきながら呟いた。
「神よ、これまでわたしは、人々のために一生懸命に働いてきました。そして女を娶り愛にも恵まれました。ところがこの年まで子を得ることは出来ず、仲間も次々とあの世へ旅立ちました。もうわたしは疲れ果てました。すでに八十歳にもなり、この先、なんの希望もないまま、ただ、この海に囲まれた島国で無駄に死を待つばかりなのでしょうか」
だが神はこたえてくれなかった。
ヨナは酷く落胆して跪き、涙を浮かべ天を仰いだ。
すると天から目も眩むほどの金色の光の柱が降りてきて、ヨナを包みこんだ。
山の頂は高い木々に覆われ、日が暮れたように薄暗かったが、今は太陽光線をじかに浴びるよほど明るかった。
ヨナは光の中で「か、神よ」天を仰ぎ見た。
すると金色に光り輝く一枚のホタテ貝が、まるで天使の羽のようにヨナの掌にゆっくり降りてきた。
腰を抜かしたヨナは掌のホタテ貝を不思議そうに覗き込む。すると貝がゆっくり開き、三寸ばかりの美しい人魚姫が姿をあらわした。
「神の御子だ」
ヨナの胸は喜びに満ちあふれ、感動に震えた。
(おばあさんに見せよう!)
ヨナは胸に人魚を大切に抱くや慌てて家路を急いだ。
家に帰り着いたヨナは、さっそくおばあさんに人魚を見せると、おばあさんも大喜び。 子宝に恵まれなかった老夫婦だったから、二人は神に感謝し、小さな人魚姫を我が子として大切に育てることにした。
思わぬ神のギフトに心躍るヨナだったが、なんと、その翌日も、翌々日も、ヨナが山の頂に登ると、光りの柱が降りてきて、天から金色に光り輝くホタテ貝が舞い降りた。
こうして、ヨナとおばあさんは、あっというまに、三人の娘の親になった。
そこでヨナは、祭祀を司る熊鰐を呼び「娘たちによい名をつけて欲しい」と相談を持ちかけた。
熊鰐はとても恐縮しながらも「はじめに天から舞い降りた姫君を『たきり姫』次に天から舞い降りた姫君を『いちきしま姫』最後に天から舞い降りた姫君を『たぎつ姫』で、いかがでしょうか」とすらすら名づけた。
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