宗像人魚伝説

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 こうして戦は終わった。 「マストを上げよ! 帆を張れ」  おおなむちが号令する。  すると倭人も魯の人々も、みな、肩をたたいて喜び合い、持ち場に着いた。 「進路を神湊へ向けよ」  すくなひこなが、おおなむちの肩で声を上げる。  いつのまにか空が白んでいる。  長い長い夜が明けたのだ。  三人の姫さまは嬉しそうに息を弾ませ抱き合った。それから船の舳先に立って、黄金色に染まる東の海と空を眺めた。  船は荒波の玄界灘を悠々と航行し、大島を通り過ぎ神湊に近づいた。 「あ、お父さまだわ」  たきり姫、いちきしま姫、たぎつ姫が手を振る。  港には黒いキッパを被ったヨナが、アカシアの杖をつきながら、村人や、置き去りにされた魯やペルシアをはじめ、多くの西アジアの人達と一緒に手を振っているのが見える。  船が港の船着き場に碇をおろす。接岸され船が大きく揺れる。まもなく大勢の人が下船すると、船着き場に歓声が沸き上がり、待っていた人々と手を握り、抱き合って喜んだ。  三人の姫さまは、船の上からその様を眺め、嬉しさに顔をほころばせた。 「平和は平和を望む心と意志があれば失われることはないわ」  たきり姫が呟いた。 「平和は心の豊かさに育まれる」  いちきしま姫が続ける。 「平和は人を信じる心と赦す心に宿る。かも」  たぎつ姫がそう言って、船の後方を振り向いた。  するとイルカに助けられた魯の兵たちと侶福が、後から追いかけて来るのが見えた。 「赦してください。もう二度と悪いことは致しません」  侶福はイルカの背びれにしがみつき、傷口に染みる海水に悲鳴をあげながら声をあげている。 「どうしましょう」  三人の姫さまは顔を見合わせて微笑んだ。 「ありゃ、傷口を真水で洗い、蒲の穂綿を貼ると治るんだな」 「おまえ、よくそんなこと知ってるわね」  いちきしま姫がまじまじといなばを見る。 「そうですよね、おおなむちさま」  昔の悪さを思いだし、いなばは、慌てておおなむちに振る。  すると、おおなむちが、 「うん、そのとおりだ」  にやにやしながら、いなばに片目を瞑ってみせた。    平和が戻ると、いつものように、村は静かに穏やかに時が過ぎていった。やがて西アジアの人々が、海を渡り続々と島に着くのを見届けたヨナは百歳で天に召された。
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