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「剣術バカですか。そういえば近頃僕と稽古してませんよねぇ。コテンパンのガキ扱いをしてさしあげましょうかぁ?」
バカですから。あなたの言ったことは信じますよ。
誰かを斬れと言われても、死ねと言われても。きっと受け入れるくらいには。
こんな問答をしていると、いつもなら先生が、コラコラ痴話喧嘩はやめないか、とか笑いながら仲裁してくれるんだけど、今日は先生も、誰も来ない。
先日、僕達が一足早く先に聞いた例の話を、他の門人の皆さんにも話しているのかな。
「ああ? 腰立たねぇようにしてやるよ」
文久二年の末、キンと冷えた道場に低い声が響いた後、淀んでいた雲間から夕焼けの陽が覗き込む。古い建物だけどよく磨かれた床板が橙色に艶めく。
みんなと同じように、僕との稽古が厭なんでしょう? 急に真剣な顔になるんだから。
「それより。どっか悪ぃのか。性格以外で」
「ひとこと余計過ぎませんか」
やっぱり、言えない。
いや、言う気なんてなかったけど。
だとしても、このまま一生抱えて生きていくのか?
「どっこも悪くないですよーう」
あなたは、ああ言ってくれたけど。このまま笑うしか、ない。
辛い時こそ苦しい時こそ。笑顔でいなければ。
そうでなければ、僕はまた。
「歳三さんの口があまりに悪いから、お薬服んだら治るのかなぁーって思って訊いてみただけです」
「俺の顔と頭が頗る良いのが生まれつきなように、口の悪さも天性のものだからな。石田散薬でもお医者様でも草津の湯でも治せやしねぇさ」
それは、恋のことを言うんですよ。そんなことも知らないんですか。
「上洛前の大事な時期だ。調子が悪いところがあれば治しておけよ」
これから僕達は、大樹公の護衛を名目とした浪士隊の一員として江戸を立つ。
先生も歳三さんも、きっと他のみんなも、武士になるんだとか息巻いて、このまましばらく江戸に帰る気はないんだろう。
僕は武士とか仕官とか正直まったく興味ないけど、一緒に行く理由なんて簡単だ。
「俺は、武士になる。そしてかっちゃんを大名にしてみせる。バカでもわかるだろうが、それにはお前の力も必要だ」
僕は先生とあなたと、みんなを守る為に。その為に行こう。
この病を癒す薬がないとしても生涯、この胸に燻り続けるとしても。
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