5 最後のキャッチボール

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「何がいい人生だ。僕の前でよく言えるな。何が『これからもよろしく』だ。いつも、その言葉でごまかしやがって」  言ってはいけない。そう思ったが、死んだ後に墓にぶちまけるのも嫌だった。  織原は知らない。僕の中に織原への下劣などす黒い嫉妬心があふれかえり、自分でも制御できなくなることを。 「ベッドに寝たままで『これから』も糞もないだろ。無責任なこと言う暇あったら元気になれ。それでもう一度僕にボールを投げたら、お前に対する一生分の恨みを許してやるっ!」  静かな寝息が立つ。織原に聞こえたどうかは、わからない。           ◇  プロ野球に一生を捧げ、人生を百五十キロで駆け抜けた名投手。  織原和彦は、三週間後に永眠した。  享年五十五。日本中の野球ファンが泣いた、早過ぎる死だった。
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