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6 言の葉の鏡
告別式を終えて家に帰ると、織原がくれた初勝利のボールが床に転がっていた。いつからか子供たちが見つけて遊びだし、壁にぶつけたり階段から落としたりさんざんな扱いを受け、おもちゃ箱に収まった記念球だ。
表面にサインと初勝利の日付。恵ちゃんは、今では遺品となったボールを拾い、愛おしそうに見つめていた。
「リュウ君。ずっと不思議に思ってたんだけど」
恵ちゃんが、喪服を着替える僕に話しかける。
「初勝利のボールって試合で使った公式球だよね」
「そうに決まってるだろ」
「じゃあさ……この結び目なんだろう」
「結び目?」
「うん。ずいぶん前、子どもたちが遊んでいた時に気づいた」
子どもの乱暴な扱いで皮が少し伸び、手あかがついた硬球。恵ちゃんの指の先、ゆがんだ縫い穴の奥に縫い糸の結び目が見えた。
硬球を受け取り、手のひらで押してみる。投手の感覚が教える、かすかな違和感。
「恵ちゃん。ハサミ取って!」
ハサミを縫い目に当てて切る。もどかしく糸を外し、牛皮をはいだ。ウールの中身に細い切れ込みがある。両の親指で広げると、折りたたんだチラシの切れ端が出てきた。
そこには織原の懐かしい字があった。
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