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7 虎酔の夢
「よおリュウちゃんケイちゃん。いつものハイボール二杯と豚玉二枚たのむわ……あれ、これジャイアンツの織原の写真ちゃうか。こんなもん捨てちまえ、酒がまずくなるやろ」
「やめとき、あんた。二人は織原と高校同期や。にっくきジャイアンツやけど店に飾りたくもなるわよ、ねえ」
夕刻の虎酔、常連のおっちゃんとおばちゃんが顔を出す。僕とほぼ同世代で飲んだくれの虎キチ夫婦だ。
「まあ……せやけどさすがに早すぎたんちゃうか」
おっちゃんが写真を手に取り、しみじみと見つめた。
「タイガースが全盛期の織原に勝つんは年一回あるかないかやで。でもその日はホンマうまい酒やった。あんな酒二十年飲んどらん」
「ホンマや。織原はタイガース戦だけは絶対に手ぇ抜かんかった。ベンチの指示以外で敬遠もせんかった。ファンが怒るって知ってたんやね」
「織原に負けて負けて負けて負けて勝った日限定、一年一夜の酔いや。あれこそタイガースファン最高の夢やったで。なあ、織原!」
「ほらあんた、もう試合始まるよ。メガホン準備しとき」
なんだ、織原。
お前、しっかりお好み焼き屋でタイガース談議してるじゃないか。
お前だけ夢を叶えやがって。ずるいぞ。
「どうしたの、リュウ君?」
「いや、織原に一度も言えなかったことがあってさ」
今から果たせるあいつの夢が、もう一つだけある。
「お前と恵ちゃんと僕で、この店で百歳まで投げようぜ」
生涯の友の写真の前に、遺品のサインボールを置く。
「だから、これからもよろしくな。織原」
(了)
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